子どもたちにとって「縄跳び」は、小学校の体育や遊びの中で必ずといってよいほど経験する運動です。友達と一緒に数を競い合ったり、学年ごとに課題が設定されたりと、楽しさと同時に「できる・できない」が目立ちやすい活動でもあります。
しかし、発達性協調運動障害(DCD: Developmental Coordination Disorder)のある子どもにとって、縄跳びは特に難しい課題になりやすいことが知られています。引っかかってしまってうまく続けられなかったり、そもそも縄を回して跳ぶ動作がスムーズにできなかったりする姿は、保護者や先生にとってもよく目にする光景ではないでしょうか。
実はこの「縄跳びの難しさ」には、DCDの特性が深く関係しています。本記事では、なぜDCDの子どもが縄跳びを苦手としやすいのか、その背景を医学的に解説し、さらにどのような練習方法が効果的なのかを最新の研究知見を踏まえてご紹介します。
DCDの特性と縄跳びが難しい理由

発達性協調運動障害(DCD)の子どもたちは、「体を思い通りに動かす」こと自体に難しさを抱えています。そのため、縄跳びのように複数の動作を同時に行う運動は、特に困難になりやすいのです。ここでは、その背景を具体的にみていきましょう。
1. 運動計画(motor planning)の困難
縄跳びでは、縄を回す動き、ジャンプする動き、そして両者のタイミングを合わせることが必要です。DCDの子どもは、この「動作を頭の中で組み立て、順序立てて実行する」力(運動計画)が弱いため、動作がバラバラになりやすくなります。
具体例:
・縄を回すことに集中すると、ジャンプを忘れて足が止まってしまう。
・ジャンプしようとすると、縄を回す動きが遅れて引っかかってしまう。
研究でも、DCDの子どもは複雑な動作の計画に時間がかかり、動作をスムーズに切り替えることが難しいと報告されています(Wilson et al., 2013)。
2. タイミング調整とリズム感の弱さ
縄跳びの成功には「縄が床に着く瞬間にジャンプする」という正確なタイミング調整が欠かせません。DCDの子どもは、このタイミングを予測する「internal modeling(内部モデル)」の形成が弱いことが知られています。
内部モデルとは、「次に何が起こるか」を脳の中でシミュレーションし、先回りして体を動かす仕組みです。DCDの子どもではこの予測がずれやすいため、リズムに乗って連続して跳ぶことが難しくなります。
具体例:
・縄の動きに遅れてジャンプしてしまい、足に引っかかる。
・1回は跳べても、2回目以降でリズムが崩れて続かない。
fMRI研究でも、DCD児は運動予測に関連する脳領域(小脳や前頭葉)の活動が弱いことが示されています(Zwicker et al., 2012)。
3. 感覚統合の問題
縄跳びは、視覚・身体感覚・前庭感覚といった複数の感覚を同時に統合しなければなりません。
- 視覚情報:縄がどこにあるか、いつ床に当たるかを目で確認する。
- 身体感覚(固有感覚):自分の足の位置や高さを把握する。
- 前庭感覚:ジャンプによる上下運動のバランスを保つ。
DCDの子どもはこれらの感覚を統合して処理することが苦手なため、視覚で縄を見ても体の動きと連動しにくく、跳ぶタイミングを合わせるのが難しくなります。
具体例:
・縄が近づいているのは見えているのに、足が動かずタイミングを逃す。
・ジャンプはできるが、着地のバランスを崩してしまう。
4. 協調運動の苦手さ(bimanual coordination)
縄跳びは「両手を同じリズムで回す」ことが必要ですが、DCDの子どもにとって両手を協調して使う動作は大きなハードルです。特に、手の動きと足のジャンプを同時に行う「協応動作」は難易度が高く、失敗の原因になりやすいとされています。
具体例:
・右手と左手の回すスピードがずれて、縄がねじれてしまう。
・縄を回すこととジャンプを同時に行えず、どちらかが止まってしまう。
運動協応の課題はDCDの中心的な特徴であり、特に両手を使った動作(bimanual tasks)では健常児との違いが顕著にみられると報告されています(Schoemaker et al., 2001)。
参考文献
Wilson PH, et al. (2013). Cognitive and motor functioning in Developmental Coordination Disorder. Developmental Medicine & Child Neurology.
Zwicker JG, et al. (2012). Brain activation associated with motor skill practice in children with DCD: fMRI evidence. Neuropsychologia.
Schoemaker MM, et al. (2001). Deficits in motor coordination in children with DCD. Human Movement Science.
縄跳び練習における困難の具体例

DCDのある子どもは、縄跳びの練習に取り組むときに、周囲の子どもと比べて「なぜかできない」「途中で引っかかる」といった場面が多くみられます。その様子には、発達性協調運動障害に特徴的な運動の困難さが色濃く表れています。
1. 縄に引っかかってしまう
最もよく見られるのは「縄に足が引っかかる」という失敗です。これは単に不器用というより、運動計画とタイミング調整の難しさが背景にあります。縄が地面に近づいてきた瞬間にジャンプをする予測的な動作がうまく働かないため、縄が足に当たってしまうのです。
具体例:
・「もう跳べる!」と勢いよくジャンプするが、縄が足に引っかかって止まってしまう。
・1回は成功しても、2回目以降でリズムが崩れて連続跳びができない。
2. 縄を回す動作とジャンプが別々になる
縄跳びは「両手を同時に動かしながら、ジャンプで合わせる」という複合動作です。DCDの子どもはこの**協応動作(両手と足の同時運動)**が難しく、縄を回す動作とジャンプがバラバラになってしまうことがあります。
具体例:
・縄を回すことに集中しすぎてジャンプを忘れてしまう。
・ジャンプに気を取られて縄を回す動きが止まってしまう。
・右手と左手の動きがずれて、縄がねじれてしまう。
3. ジャンプの高さやリズムが一定しない
DCDの子どもは、ジャンプの大きさやタイミングを毎回同じように再現することが難しい傾向があります。これは、internal modeling(内部モデル)による予測と運動制御の不安定さに関連しています。
具体例:
・1回目は大きく跳べたのに、次は低すぎて縄に引っかかる。
・ジャンプの間隔が一定せず、リズムが崩れる。
・強く跳びすぎて体勢を崩すこともある。
4. 縄を持たない状態では跳べるが、縄を持つとできない
DCDの子どもには、動作が1つ追加されるだけで全体の調整が難しくなる特徴があります。縄を持たずにジャンプだけなら問題なくできても、縄を回す動作が加わった途端に動きが崩れてしまうのです。
具体例:
・ジャンプ練習は得意だが、縄を持った瞬間に跳べなくなる。
・「空中縄跳び(縄なしで跳ぶまね)」では連続で跳べるが、実際の縄ではできない。
5. 周囲の子どもとの比較で苦手さが目立つ
DCDの子どもは、運動そのものの学習に時間がかかるため、同じ学年の子どもが次々に縄跳びをマスターしていく中で、ひとりだけ「まだできない」という状況になりやすいです。これは心理的な負担となり、「やりたくない」「苦手だから避けたい」という回避行動につながることもあります。
ポイントまとめ
- DCDの子どもが縄跳びでつまずくのは「不器用だから」ではなく、運動計画・協調動作・タイミング調整・感覚統合といった神経学的な要因による。
- 練習場面で現れる失敗には医学的な背景があるため、叱責ではなく支援的なアプローチが必要である。
効果的な練習方法(縄跳び)

目的:DCD(発達性協調運動障害)の子どもが縄跳びでつまずく主因(運動計画、リズム・タイミング、感覚統合、両手協調)に直接アプローチし、「成功体験を積む → 内的モデルを改善する → 実行の安定化・汎化」を狙います。臨床試験やメタ解析が示すタスク指向(task-oriented)アプローチやNTT(neuromotor task training)・CO-OP・MI/AOなどの応用を基本方針とします。
練習の基本原則(証拠に基づくポイント)
- タスク指向で「できる箇所」から段階的に組み立てる(task analysis)
- 複合動作(縄を回す+ジャンプ)を「部分(手首の回旋・単発ジャンプ)→ 結合→ 全体の連続」に分解し、段階的に負荷を上げる。NTTはこの考えを治療体系化したもので、臨床試験で有効性が報告されています。
- リズム/外部拍(メトロノーム・音楽)でタイミングを補助する
- DCDでは予測的タイミング(internal modelling)や同期が弱いことが示されており、外部の一定リズムを与えると運動の時間的一貫性が改善する研究があります(聴覚リズムは運動の同期性を高める)。縄跳びの「いつ跳ぶか」を外部テンポで補助すると効果的です。
- 運動イメージ(Motor Imagery)と行動観察(Action Observation;AO)を併用する
- 運動の内部表象(内的モデル)を改善する目的で、イメージ練習や映像を見ながら「実行を想像する」練習を加えると学習効果が上がる報告があります。実運動+MI/AOの併用はDCDで有望です。
- 視線(gaze)トレーニングで視覚-運動の結びつきを強化する
- 「どこを見るか」を指導するQuiet-Eyeトレーニングは視覚情報の利用(縄の動きを見る/着地位置を決める等)改善に効果があり、DCDの投球・捕球で改善が示されています。縄跳びでも視線戦略は役立ちます。
- 指示とフィードバックは段階に応じて使い分ける(KP vs KR、頻度)
- 初期は具体的な動作(知覚運動的手がかり=知覚的KP)や高頻度のフィードバックで成功体験を作り、その後は結果(KR)を減らし自己調整を促す。子どもの処理能力を考え「本人が選んでフィードバックを受けられる」形式(self-controlled feedback)も有益との報告があります。
- 外的注意(external focus)を促す指示が有効(ただしDCDではエビデンスはまだ発展途上)
- 一般の運動学習研究では「動作の効果(ロープを床に当てる等)に注意を向ける」外的焦点が学習を促進します。DCDでの研究は混在しているため、個別に確認しながら使うのが現実的です。
縄跳び向け:段階的練習プログラム(臨床的実践例)

※対象:縄跳びが苦手な小学生(DCD疑い/診断あり)を想定した一例。個別適応が必要。
全体プラン(参考)
- 頻度:週2回のセッション(45–60分)+短時間のホーム練習(毎日5–10分)が臨床研究で採られることが多く、効果が報告されています(例:2回/週・9週等)。
- 期間の目安:6–12週間を1サイクル(評価→調整→継続)にすると観察しやすい。メタ解析はタスク指向介入全体で効果を示していますが、研究によって方法・期間はばらつきがあります。
セッションの構成例(45–60分)
- ウォームアップ(5–8分)
- 軽いジョグ、片足ジャンプ(リズム合わせ)、手首の回旋運動。リズムに合わせて身体を動かすことで聴覚同期を刺激します。
- 分解練習(15–20分) — 「パート練習」
- A. 手首だけ練習:長いロープまたは手持ちロープを使い、床にロープを軽く当てる→手首でゆっくり回す(足は静止)。目的:回転タイミング習得(NTTのtask analysis)。
- B. ジャンプだけ練習(ノーロープ):床マーク(テープ)に合わせてジャンプ→着地の安定化、軽い片足跳び。目的:足裏感覚と上下動のコントロール練習。
- C. 視覚/注視練習(Quiet-Eye):「ここ(床の印)を見て、ロープの通過で跳ぶ」など視線戦略を練習。
- 結合練習(10–12分) — 「ゆっくり・分割→統合」
- 1人用ロープを床に置き、回す側をアシスト(教師や保護者がゆっくり回す)→子どもは「ロープが自分のつま先を通ったら跳ぶ」練習。
- メトロノーム併用:最初はゆっくりのテンポ(例:60–80 BPM)で回す/跳ぶタイミングを合わせる。徐々にテンポを上げる。外部拍が同期を助けます。
- 実践練習(5–8分) — 「短い連続ジャンプ」
- まずは「1回跳んで止まる」→「2回」→「3回」… と段階的に回数を増やす(達成しやすい小さな目標設定)。成功したらすぐに褒めて次へ。NTTの段階的負荷(task loading)に準拠。
- クールダウン&振り返り(3–5分)
- その日の成功点を本人に言わせる(自己選択のフィードバック)、次回の小目標を設定(自己効力感の強化)。自己選択のフィードバックは学習効果を高める研究があります。
家庭でできる短時間(5–10分)宿題
- イメージ練習(1–3分):良いジャンプの映像を見て(または想像して)自分が上手くやっているところを内観(AOMI)。
- 手首回し+短いジャンプ(計5分):手首だけ→ジャンプだけ→合わせる練習を数回ずつ。
指導上の実践的ヒント
- 成功の頻度を高める:最初は「できる範囲」を調整(ロープをゆっくり、回し手を2人にする等)。成功体験が継続の鍵。
- 環境を単純に:余分な視覚刺激を減らし、床のマークや明るいロープで視認性を上げる。視覚情報の統合が苦手な子に効果的。
- 段階的に負荷を上げる(task loading):回転速度・連続回数・周囲の雑音などを段階的に増やす。
- 集団vs個別:小グループ(2–4人)でのNTTは費用対効果が良いとする研究あり。ただし注意散漫や比較ストレスがある場合は個別指導を優先。
期待できる効果と限界
- 効果:タスク指向(NTT/CO-OP)や運動イメージ、リズムを使った介入は運動技能の改善を示す研究が多数あります。臨床試験の結果から、特に活動レベル(skill performance)で有意な改善が得られることが多いです。
- 限界:研究には方法のばらつき(介入時間や評価尺度など)があり、個々の子どもで効果の程度は異なります。また、参加者の発達年齢や共存症(ADHDなど)によって介入計画の調整が必要です。国際的な臨床推奨も「個別化」と「タスク指向の推奨」を強調しています。
ここまでのまとめ
- まずは「手首だけ」「ジャンプだけ」から → 段階的に結合(NTT)
- 外部リズム(メトロノーム/音楽)を使い、タイミングを補助。
- 運動イメージ+映像(AO+MI)を練習前に導入して内部モデルを刺激。
- 視線(Quiet-Eye)指導で視覚情報の使い方をトレーニング。
- フィードバックは初めに詳細(KP)→ 徐々に結果(KR)を中心に、本人が選べる仕組みも検討。
参考文献
Smits-Engelsman BC, Vinçon S, Blank R, Quadrado VH, Polatajko H, Wilson PH. Evaluating the evidence for motor-based interventions in developmental coordination disorder: A systematic review and meta-analysis. Research in Developmental Disabilities. 2018.
Smits-Engelsman BC et al. Efficacy of interventions to improve motor performance in children with developmental coordination disorder: a combined systematic review and meta-analysis. Dev Med Child Neurol. 2013.
Niemeijer AS, Smits-Engelsman BC, Schoemaker MM. Neuromotor task training for children with developmental coordination disorder: a controlled trial. Dev Med Child Neurol. 2007.(NTTの主要試験)
Rameckers E. et al. Efficacy of a task-oriented (NTT) group program — 2×/週・9週 等の報告例(学校ベースの応用研究). MDPI (Children / related). 2023.
Adams ILJ, Smits-Engelsman B, Lust JM, Wilson PH, Steenbergen B. Feasibility of Motor Imagery Training for Children with DCD – A Pilot Study. Frontiers in Psychology. 2017.(MI:パイロット)
Scott MW, Wood G, Holmes PS, et al. Combined action observation and motor imagery improves learning of activities of daily living in children with DCD. PLoS ONE. 2023.(AO+MIの臨床応用)
Pranjić M. et al. Auditory-perceptual and auditory-motor timing abilities in children with DCD. (複数の研究 2023–2025): 聴覚リズムが運動同期を助けるエビデンス。
Miles CAL, Vine SJ, Wood G, Vickers JN, Wilson MR. Quiet-eye training facilitates visuomotor coordination in children with DCD. Research in Developmental Disabilities. 2015.(視線トレ)
Blank R., Barnett AL., Cairney J. et al. International clinical practice recommendations on the definition, diagnosis, assessment, intervention, and psychosocial aspects of DCD. Dev Med Child Neurol. 2019.(国際臨床推奨)
Wulf G. Attentional focus and motor learning: a review.(外的焦点の総説)および Jarus T. 等 Effect of internal versus external focus of attention on implicit motor learning in children with DCD.(DCDでの検討)
まとめ

縄跳びは、子どもにとって楽しい遊びであると同時に、協調運動・リズム感・感覚統合といった複雑なスキルを必要とする課題です。発達性協調運動障害(DCD)のある子どもは、こうした要素に困難を抱えているため、縄跳びが特に難しい運動になりやすいことがわかっています。
「縄に引っかかる」「リズムが合わない」「縄なしでは跳べるが、縄を持つとできない」といった行動は、単なる不器用さではなく、脳の情報処理や運動制御の特性によるものです。したがって、練習の工夫と環境の調整によって、少しずつ成功体験を積み重ねていくことがとても大切です。
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