発達障害というと、子どもの頃の特性や学校生活での困りごとをイメージする方が多いかもしれません。
しかし、発達障害の特性は成人期になっても続きます。そして、社会に出て働き始めると、子どもの頃とは異なる問題に直面することがあります。
例えば、
- 仕事の段取りを組み立てることが難しい
- 職場の人間関係やコミュニケーションに疲れてしまう
- 周囲に合わせようと努力するほど、精神的な負担が大きくなる
- 仕事が終わると何もできないほど疲れてしまう
- 不安や抑うつなど、メンタルヘルスの問題を抱える
こうした問題は、本人の努力不足や性格の問題として捉えられがちです。
しかし、近年の研究では、成人期のASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)について、脳の認知機能、感覚処理、実行機能、ストレス反応、環境との相互作用など、さまざまな観点から研究が進められています。
特に重要なのは、発達特性そのものだけでなく、その人が置かれている環境と、環境に適応するために必要となる負担にも目を向けることです。
今回は、大人のASD・ADHDに関する最新の研究動向をもとに、就労、疲労、メンタルヘルスの問題について解説します。
1.大人のASD・ADHDと就労の問題

① なぜ仕事を続けることが難しくなるのか?
成人期の発達障害では、就労に関する問題が重要な研究テーマになっています。
ASDとADHDでは、仕事上の困難が生じる背景に違いがあります。
もちろん、両方の特性を併せ持つ人もいるため、明確に分けられるものではありません。
ASDの場合
ASDでは、社会的コミュニケーションや対人関係に関する特性、限定された興味や反復的な行動、感覚刺激に対する反応の違いなどが、職場での困難につながることがあります。
例えば、
- 暗黙のルールや曖昧な指示を理解しにくい
- 相手の意図や表情から状況を推測することが難しい
- 急な予定変更に対応することが苦手
- 複数の人が同時に話す環境で情報を整理しにくい
- 騒音や照明、人の動きなどによって集中が妨げられる
といった問題です。
ここで注意したいのは、ASDの人が必ずしもコミュニケーション能力が低いというわけではないことです。
例えば、具体的で明確な指示があれば正確に仕事を進められる人もいます。一方で、曖昧な表現や暗黙の了解が多い職場では、能力を十分に発揮できないことがあります。
つまり、本人の能力だけでなく、職場のコミュニケーション方法との相性も重要なのです。
ADHDの場合
ADHDでは、不注意、多動性、衝動性といった特性が、仕事の遂行に影響することがあります。
特に関係するのが、実行機能と呼ばれる認知機能です。
実行機能とは、目標を設定し、必要な情報を整理し、行動を計画・実行し、状況に応じて修正する働きのことです。
例えば、
- 仕事の優先順位を決める
- 作業を開始する
- 複数の業務を切り替える
- 時間を管理する
- 作業の抜けやミスを確認する
- 長時間にわたって注意を維持する
といった場面で困難が生じることがあります。
ただし、ADHDの人が計画を立てられない、集中できないという単純な話ではありません。
興味のある仕事や緊急性の高い課題では、高い集中力や行動力を発揮する人もいます。
問題になるのは、必要な場面で注意や行動を調整することが難しい場合があるという点です。
② 発達特性と職場環境のミスマッチ
近年の就労研究では、本人の特性だけでなく、職場環境との相互作用が重視されています。
例えば、同じASDの特性を持つ人でも、
- 指示が具体的である
- 業務の手順が明確になっている
- 予定変更が事前に伝えられる
- 集中できる作業環境がある
- 得意分野を活かせる仕事が割り当てられている
といった環境では、能力を発揮しやすくなる可能性があります。
反対に、頻繁な予定変更、曖昧な指示、過度なマルチタスク、絶え間ない対人対応などが求められる環境では、負担が大きくなることがあります。
これはADHDでも同様です。
例えば、作業を小さな単位に分ける、優先順位を可視化する、リマインダーを利用する、作業開始のきっかけを作るといった工夫は、仕事を進める助けになります。
ここで重要なのは、発達特性をなくすことではなく、特性があっても能力を発揮できる環境を整えることです。
③ 就労支援で注目されている考え方
ASDの就労支援では、本人の強みと職務内容を適切に結びつけることが重要とされています。
特に、職場での具体的な困難を把握し、必要な配慮を個別に調整することが求められます。
ADHDでは、行動面の支援に加えて、時間管理やタスク管理、自己管理を補助する方法が検討されています。
また、職場の上司や同僚が発達特性について理解することも重要です。
本人だけに適応を求めるのではなく、職場側も情報の伝え方や業務の進め方を調整することで、働きやすさが変わる可能性があります。
就労とは、単に仕事に就くことだけではありません。
本人が持っている能力を発揮しながら、無理なく働き続けられることも重要な目標なのです。
2.大人のASD・ADHDと疲労の問題

① なぜ、仕事が終わると極端に疲れてしまうのか?
成人期の発達障害で、見落とされやすい問題の一つが疲労です。
例えば、
- 仕事中は普通に振る舞っているように見える
- 職場では大きな問題がないように見える
- 帰宅すると何もする気が起きない
- 休日はほとんど寝て過ごしてしまう
- 人と会った後に強い疲労を感じる
といった状態です。
周囲からは「仕事ができているのだから問題ない」と思われることもあります。
しかし、仕事をこなせていることと、負担が少ないことは同じではありません。
特にASDでは、周囲に合わせるために多くの認知的・心理的なエネルギーを必要としている場合があります。
② ASDにおけるマスキングと疲労
ASDに関する研究で注目されている概念に、マスキング(masking)があります。
マスキングとは、自分の発達特性や自然な反応を周囲に気づかれないようにしたり、社会的に求められる振る舞いに合わせたりする行動を指します。
例えば、
- 相手の表情を意識的に確認する
- 会話のタイミングを考え続ける
- 自然にできない雑談の方法を覚える
- 不快な感覚刺激を我慢する
- 自分の興味や行動を抑える
といった行動です。
こうした対応は、社会生活を送るうえで役立つことがあります。
しかし、常に周囲に合わせようとすると、精神的な負担が大きくなる可能性があります。
特に、長時間にわたってマスキングを続けることは、疲労や心理的ストレスと関連することが報告されています。
ただし、マスキングそのものが必ず疲労や精神疾患を引き起こすと証明されているわけではありません。個人差や環境要因も関係しています。
③ 自閉症のバーンアウト(Autistic Burnout)
近年、ASDの成人研究で注目されている概念が、自閉症のバーンアウト(Autistic Burnout)です。
これは、長期間にわたるストレスや、本人の能力・特性と環境から求められることとの不一致などによって生じる、強い身体的・精神的な消耗状態を指します。
Raymakerら(2020)の研究では、自閉症の成人への質的調査を通して、自閉症のバーンアウトについて次のような特徴が整理されています。
- 慢性的な疲労や消耗
- 認知機能や日常生活の能力の低下
- 感覚刺激への耐性の低下
例えば、以前は問題なくできていた仕事や家事、人との会話が、急に大きな負担になることがあります。
また、音や光、人の声などに対して、以前より敏感に反応するようになる人もいます。
これは、単なる寝不足や一時的な疲れとは異なる可能性があります。
重要なのは、自閉症のバーンアウトは、現在も研究が進められている概念であり、正式な診断分類として確立された疾患名ではないということです。
また、うつ病や不安障害、睡眠障害、身体疾患などでも似た症状が生じるため、自己判断だけで区別することはできません。
④ ADHDでも疲労は生じる
ADHDでも、疲労の問題は重要です。
例えば、仕事中に注意を維持するために努力し続けたり、忘れ物やミスを防ぐために何度も確認したり、複数の作業を整理しようとしたりすることで、精神的な負担が増えることがあります。
また、時間管理や行動の切り替えが難しい場合、予定どおりに仕事が進まず、結果として長時間労働や睡眠不足につながることもあります。
さらに、ADHDでは睡眠の問題も重要なテーマです。
入眠の遅れ、睡眠リズムの乱れ、日中の眠気などが、日常生活の疲労に影響する場合があります。
ただし、疲労の原因はADHDだけとは限りません。
睡眠障害、不安、抑うつ、薬剤の影響、身体的な疾患なども考慮する必要があります。
疲れやすさを本人の努力不足として捉えるのではなく、何にどれだけの負担がかかっているのかを具体的に評価することが大切です。
前半のまとめ

大人のASD・ADHDでは、仕事上の困難や慢性的な疲労が、本人の能力や努力だけでは説明できない場合があります。
ASDでは、社会的コミュニケーションや感覚刺激への対応、マスキングなどが負担につながることがあります。
ADHDでは、注意や行動の調整、時間管理、作業の優先順位づけなどに負担が生じることがあります。
そして、両者に共通して重要なのは、本人の特性と周囲の環境との関係です。
「本人が環境に合わせる」だけではなく、「環境を本人に合わせて調整する」という視点が必要なのです。
発達障害のある人が働き続けるためには、苦手な部分を補うだけでなく、得意な部分を活かせる環境づくりが重要になります。
次回の後半では、さらに重要なテーマに入ります。
- ASD・ADHDと不安障害、うつ病などのメンタルヘルス
- 発達特性と精神的な健康問題の関係
- 成人ADHDを支援するデジタル技術
- AIやスマートフォンを活用した支援ツール
- 今後の発達障害支援におけるテクノロジーの可能性
発達障害の支援は、医療や福祉だけで完結するものではありません。
テクノロジーの進歩によって、日常生活や仕事を支える方法も変わり始めています。
参考文献・研究論文
1. Raymaker DM, et al. (2020). “Having All of Your Internal Resources Exhausted Beyond Measure and Being Left with No Clean-Up Crew”: Defining Autistic Burnout. Autism in Adulthood, 2(2), 132–143.
DOI: 10.1089/aut.2019.0079
2. Zhuang S, et al. (2023). Psychosocial factors associated with camouflaging in autistic people and its relationship with mental health and well-being: A mixed methods systematic review. Clinical Psychology Review.
DOI: 10.1016/j.cpr.2023.102335
3. Khudiakova V, et al. (2024). A systematic review and meta-analysis of mental health outcomes associated with camouflaging in autistic people. Research in Autism Spectrum Disorders, 118, 102492.
DOI: 10.1016/j.rasd.2024.102492
4. Thorpe D, et al. (2024). The Lived Experience of Autistic Adults in Employment: A Systematic Search and Synthesis. Autism in Adulthood, 6(4).
DOI: 10.1089/aut.2022.0114
5. Morris R, et al. (2024). Autistic Perspectives on Employment: A Scoping Review.
6. Heinze C. (2025). Workplace Accommodations and Employment Outcomes Among Employees With Autism: A Systematic Review. Cureus, 17(12), e99353.
DOI: 10.7759/cureus.99353
7. Bougoure M, et al. (2025). Burnout as experienced by autistic people: A systematic review.
8. Chan ESM, Langberg JM. (2024). Predicting Occupational Outcomes for Individuals with ADHD: The Role of Hyperactivity/Impulsivity and Executive Functioning. Journal of Occupational Rehabilitation.
DOI: 10.1007/s10926-024-10259-y
※研究結果の解釈にあたっては、対象者数、研究デザイン、自己報告による評価などの限界も考慮する必要があります。
特に自閉症のバーンアウトは、重要性が認識され研究が増えている一方、診断基準が確立された医学的疾患ではありません。十分ご注意の上、お読みください。


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