自閉スペクトラム症(ASD)は、ことばの発達がゆっくりだったり、コミュニケーションが苦手だったり、感覚が敏感・鈍感だったりと、その姿は本当に多様です。
「どうして子どもによってこんなに違うんだろう?」
「脳の中では何が起きているの?」
そんな疑問を解き明かすため、近年では 脳機能を直接計測する研究 が大きく進んでいます。
特に 幼児用MEG(脳磁図) は、子どもが痛みもなく、座ったまま“ヘルメット”をかぶっているだけで脳活動がわかる機器で、世界でも非常に珍しい研究設備です。
この記事では、金沢大学が行った一連の研究(幼児用MEG)を中心に、他の脳研究の知見も補足しながら 「幼児期ASDの脳の特徴」 をやさしく解説します。
研究で明らかになってきた特徴は、大きく次の5つです。
① 聴覚と言語の処理に“左右差の違い”がある

一般的に、ことばは左脳が中心になって処理します。
しかし幼児期ASDでは
- 左と右の反応差が小さい
- 言語の聞き分けが弱く見えやすい
という結果が報告されました。
🔍 なぜ左右差が大事なの?
左右差は言語発達と強くつながっているため、
・名前を呼ばれたときの反応
・ことばの理解スピード
などに影響する可能性があります。
これは他研究でも同様で、ASD児は音声への反応が弱い・遅いという傾向が報告されています(Čeponienėら, Handbook of Clinical Neurology, 2020)。
② 他者の声の違いを捉えにくい(社会的音声処理の弱さ)

声の「違い」や「変化」を脳が自動で検出する反応(Mismatch反応)が、ASD児では低下していました。
これは言語の遅れの有無に関係なく見られ、
「社会的な音の処理が苦手になりやすい」という生まれつきの特徴
を示唆しています。
🔍 日常ではどう現れる?
- 名前を呼ばれても気づきにくい
- 声のニュアンス(怒ってる/喜んでる)が伝わりにくい
こうした行動につながる可能性があります。
③ 運動のときの脳のリズムが弱い(ガンマ波の低下)

研究では、ボタン押しゲームをしているときの ガンマ帯域(30–100Hz) の活動がASD児で低く、
- 反応がゆっくり
- 運動の調整が難しい
という傾向が見られました。
🔍 運動が苦手な子が多い理由
ガンマ波は「筋肉を動かすタイミングを整える信号」。
これが弱いと、
- ぎこちない動き
- ボール遊びが苦手
- とっさの動きが遅い
などにつながると考えられています。
DCD(発達性協調運動障害)とも重なりやすいという報告も多数あります(Wilson et al., Dev Med Child Neurol, 2017)。
④ 脳のネットワーク結合が弱い(特に“社会性脳”)

脳は「ネットワーク」で働きます。
ASD児では
- 左前頭部と右後頭部の“長距離ネットワーク”が弱い
- 脳全体のネットワーク効率(スモールワールド性)が低い
といった特徴が見られました。
🔍 「ネットワークが弱い」とは?
脳の各部屋をつなぐ“道路の通りが悪い”イメージです。
これにより、
- 表情の読み取り
- 相手の気持ちの推測
- 社会的状況の理解
といった「社会性の脳」の働きがスムーズにいきにくくなります。
⑤ ミラーニューロン反応が弱い(顔を見つめあう場面)

親子で見つめあっているとき、通常の子どもは「ミュー律動(μリズム)」が下がります。
これは「相手の動きを自分ごととして理解する」ミラーニューロンの働きとされます。
ASD児では?
- μリズムの減衰が少ない=ミラーニューロン反応が弱い
- 社会性の症状が強いほど反応も弱い
という結果が示されました。
研究が難しい理由

ASD研究では、結果がバラバラになることも多いです。
その理由は次のとおり。
① 脳の成長スピードが時期によって違う
ASD児は
「幼児期に脳体積が大きく、成長とともに差が小さくなる」
という特別な発達パターンがあります(Courchesne et al., Neuron, 2007)。
そのため
- 3歳の研究と7歳の研究では逆の結果が出る
- 年齢幅が広い研究は差が消える
こともあります。
② ASDは“症状の組み合わせ”が非常に多様
ASD単独の子は少なく、現場では
- ASD+ADHD
- ASD+学習症
- ASD+DCD
という組み合わせが一般的です。
症状が違えば、脳のパターンも違う。
だから研究も結果が揃いにくくなります。
③ 脳波やMEGだけで診断はできない
AIや機械学習を使うと「高精度で診断できる」という論文もありますが、
- 過学習
- サンプルの偏り
- 有病率の問題
により、実際の臨床で使えるレベルではありません。
“脳波だけで発達障害を診断できます”という宣伝は医学的に誤り
と論文でもはっきり述べられています。
まとめ
幼児期ASDの脳研究からわかってきたことは…
✔ ASD児の脳には「発達の個性」がある
- 聴覚処理
- 言語の左右差
- 運動システム
- 社会的ネットワーク
- ミラーニューロン
など、多くの領域に広く特徴が見られます。
✔ ただし個人差が大きく、ひとつの指標で断定はできない
“ASDの脳はこれです”と言えるものはまだありません。
✔ 脳研究は、子どもの理解には役立つ
診断のためではなく
- 子どもの特性
- なぜ困りごとが起きるのか
- どう支えたらいいか
を知る手がかりとして大きな意味があります。
自閉スペクトラム症(ASD)の子どもたちは、一人ひとりまったく違う特性を持っています。その背景には、「脳の働き方」が定型発達とは少し異なるという、生まれつきの発達の個性があります。
今回紹介した幼児用MEGの研究では、聴覚・言語・運動・社会性など、さまざまな領域で ASD ならではの脳活動の特徴が見られました。しかし、その特徴はすべての子どもに当てはまるわけではなく、年齢や発達段階、併存する特性によって大きく変わることもわかっています。
つまり、ASDの脳研究で得られた結果は「ひとつの答え」ではなく、発達の仕組みを知るための大切な“ピース”のひとつです。脳波やMEGだけで診断できるわけではありませんが、子どもたちがなぜ困りごとを抱えやすいのか、その理由を理解する助けになります。そして、その理解は、周りの大人がよりよい関わり方を考えたり、得意や好きなことを伸ばすヒントにもつながります。
脳の研究はこれからも進み続けます。
多様な特性を持つASDの子どもたちを、より深く理解し、より生きやすい社会を作っていくために──研究と実践の両面から、私たちができることはまだまだ広がっています。
参考文献
菊池知充・廣澤徹・吉村優子(2025)「幼児期の自閉スペクトラム障害の脳機能の特徴:幼児用MEGによるアプローチ」『臨床神経生理学』53巻1号, 60–65.


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