愛着障害の子どもに対して、私たちはしばしばこう感じます。
- なぜこんなに試すような行動をするのか
- なぜ関係が安定しないのか
- なぜ「わかっているはず」の行動ができないのか
これらを
「性格」「反抗」「二次障害」として整理してしまうと、
支援は行動修正に傾き、関係性はむしろ不安定になります。
本論文が提示している**「愛情の器モデル」**は、
こうした臨床上の行き詰まりに対し、
愛着障害とは
「愛情が足りない状態」ではなく、
愛情をため、使い、調整する学習が成立していない状態である
という、極めて実践的な枠組みを与えてくれます。
1.愛情の器モデルとは何か

― 「ある/ない」ではなく「満ちるプロセス」の問題 ―
■ モデルの基本構造
愛情の器モデルでは、子どもの心を**「愛情をためる器」**として捉えます。
- 器そのものが壊れているわけではない
- 愛情が「存在しなかった」わけでもない
- しかし
- ため方
- 感じ取り方
- 必要なときに取り出す方法
を学習する機会がなかった。
これが、愛着障害の中核的理解です。
ここで重要なのは、
👉 愛情は量ではなく、経験の積み重ねによって「使える形」になる
という点です。
2.なぜ器は満たされないのか

― マルトリートメントと情動学習の失敗 ―
論文では、マルトリートメント環境下では、
- 情動が共有されない
- 安心して依存できる対象がいない
- 一貫した応答が得られない
といった状況が慢性的に続くことが指摘されています。
この結果、子どもは、
- 愛情を「予測できないもの」
- 近づくと傷つくもの
- 先に攻撃した方が安全なもの
として学習してしまいます。
つまり、
器が空なのではなく、
そもそも“ためるという経験”が成立していないのです。
3.脳科学的に見る「愛情の器」

― 情動調整・報酬系・前頭前野 ―
愛情の器モデルは、比喩ではありますが、
その背景には明確な神経基盤があります。
■ 情動と報酬の回路
- 安心できる関係性
→ 扁桃体の過剰反応が抑制される
→ 報酬系(腹側線条体)が機能しやすくなる
しかし、愛着障害の子どもでは、
- 情動刺激が「快」にならない
- 褒めや関心が報酬として処理されにくい
という状態が生じます。
これは、
👉 愛情が「入っても器にたまらない」神経状態
と表現することができます。
4.行動問題は「器が空だから」起きる

― 試し行動・攻撃・過剰な自立 ―
論文で繰り返し示されているのは、
問題行動の多くが、
愛情を求めているのに、
その方法を知らない結果として生じている
という点です。
よく見られる行動の再解釈
| 行動 | 愛情の器モデルでの理解 |
|---|---|
| 試し行動 | 愛情が「本物かどうか」を確認している |
| 攻撃行動 | 先に壊せば傷つかないという防衛 |
| 過剰な自立 | 依存すると危険だという学習結果 |
| 無関心・鈍麻 | 期待しないことで自分を守っている |
これらはすべて、
器が満ちていない状態での適応戦略です。
5.対応の原則:まず「器を満たす」

― 行動を変える前に、関係をつくる ―
論文が一貫して強調している支援原則は明確です。
✕ やってはいけないこと
- 行動修正を最優先する
- 一貫性のない褒罰
- 「なぜできないの?」という問い詰め
これらは、
器が空のまま「使え」と要求する行為になります。
○ 基本となる関わり方
- 感情を先に受け止める
例:
「そう感じたんだね」
「嫌だったんだよね」 - 行動と感情を分けて伝える
「気持ちは大事」
「でも、この行動は困る」 - 関係は切らないという一貫したメッセージ
→ 器が壊れない経験の反復
これらはすべて、
愛情を“ためられる経験”を再学習させる関わりです。
6.専門職が担う役割

― 子どもと養育者、両方の器を支える ―
忘れてはならないのは、
養育者自身の器も、満ちていないことが多いという点です。
専門職の役割は、
- 子どもの行動を「意味づけし直す」
- 養育者の失敗感・無力感を軽減する
- 「これでいい」という足場をつくる
ことにあります。
支援者が一時的に
養育者のための「安心の器」になることが、
結果的に子どもの回復につながります。
まとめ -愛情の器モデルが臨床にもたらすもの-
愛情の器モデルは、
- 愛着障害をラベル化しない
- 行動を問題化しすぎない
- それでも変化を諦めない
ための、極めて臨床的な思考モデルです。
愛着障害とは、
「愛情が欠けた状態」ではなく、
愛情を経験し、信じ、使うことを学び直す必要がある状態。
この視点をもつことが、
専門職にとって最大の支援技術なのかもしれません。


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