「感覚統合って本当はよくわからない。感覚統合って体を使って遊べばよいんでしょ?」
「子どもの発達をみるうえで、しょっちゅう感覚の話が出てくるけど、いまいちよくわからない」
これを読んでいるということは、きっとこんな疑問があるからではないでしょうか?
確かに、感覚統合の本を読むと様々な遊びの紹介は乗っています。感覚統合理論の話も少なからず出てきます。
でも、感覚統合の理論を理解するには、感覚そのものの理解や統合がもつ本当の意味を理解しなければなりません。
感覚を統合する「本当の意味」とは? それは…
「今日、子どもが感じ取った感覚情報は、明日の行動を作る。」
今回お話することを正しく理解すると、ただの「遊び」から「明日を作る遊び」に変化していきます。
きっとあなたにとって何かのヒントになるはずです。
感覚は「生き残る」ためのセンサー
生物がこの世界を生き抜くためには、自分自身とその周囲の環境をつねにモニター(監視)しておかなければなりません。野生の世界だったら、足音とかにおいで敵の存在をキャッチしないと命にかかわりますからね。
モニター(監視)するには、センサーが必要です。そのセンサーから得られた情報をもとに、脳が判断したり、注意をむけたり、運動や行動に変えているわけです。
これが、感覚です。
感覚の種類
触覚は皮膚感覚とも呼ばれ、皮膚感覚には触覚以外に痛覚(痛み)、温覚(あたたかさ)・冷覚(冷たさ)などが含まれます。ここではわかりやすく触覚を代表として表現しています。
体に関する感覚は、皮膚感覚、固有受容覚のほか、複合感覚というものがあります。
これは、重さの感覚(重量覚)や二点識別覚(二つのさわった感じを同時に識別する感覚)などがあります。これらは、総合して「体性感覚」とも呼ばれます。
嗅覚、視覚、聴覚、味覚、前庭感覚は「特殊感覚」といいます。
前庭感覚と固有受容覚について
わかりにくいものは、前庭覚と固有受容覚(固有感覚)じゃないでしょうか?
前庭覚
前庭覚は自分の身体の傾きやスピード、回転を感じる感覚です。バランスと密接な関係がありますね。バランス感覚といってもよいかもしれません。
実験してみましょう。目を閉じて頭を傾けてみてください。もしくは体を傾けてください。
傾いてることがわかりますよね? それです。それが前庭覚。
固有受容覚(固有感覚)
固有受容覚(固有感覚)は筋肉や関節の動いた感触、体の位置、重さなどを感じる、体の内なるセンサーです。深部感覚とも言ったりします。また、運動覚や位置覚なんて言い方もします。
固有受容覚は体の動きや位置をモニターする様々な感覚の総称みたいなものですね。ちなみに、運動覚や位置覚のほうが、私はしっくりきます。わかりやすいし…。
実験してみましょう。目を閉じてバンザイしてみてください。
もしくは、力こぶを作るように力を入れてみてください。
どうですか?手が上に伸びたことが見なくてもわかるでしょ?
筋肉がギューッと動いてる感じがしますよね? それが、固有受容覚です。
運動学習やマネっこに必要な「感覚情報の変換」
私たちは運動をするために、色々な感覚を使って自分の体をモニタリングしています。
それに加えて、感覚を別の感覚情報に変える力も持っています。これを使った代表例が「まねる」という行動です。
まねる、すなわち「模倣」は、どのような情報の変換が行われているのでしょうか?
「手をあげる」という動きを目で見ます。目で見た情報は「視覚の情報」です。この目で見た情報を頭の中で、「手を挙げる」という運動の感覚等に変えていきます。
つまり、視覚 ⇒ 体性感覚の置き換えが行われたのです。
これを「異種感覚情報の変換」と呼んでいます。
ぎゃくに、目をつぶってバンザイしてもらいます。そのあとに、目を開けていくつかイラストの中から自分が行ったバンザイのイラストを探し当ててもらうとします。
これは、手を挙げる=運動覚等の体性感覚を、絵を見る=視覚に変えたということです。
つまり、体性感覚 ⇒ 視覚の置き換えが行われたのです。
ほかにも、「バンザイしてください」と口頭で言われてその通りにしたとします。耳からの情報や言葉の情報を運動感覚等の体性感覚に変えるということです。その逆もしかり。
・言語という耳からの情報(聴覚) ⇔ 体性感覚
この感覚情報を変換するという活動は、運動を学習するうえで大変重要です。
大人や子ども自身の動きをまねたり、イラストや人形を使って動きを見てもらう。
小児リハビリでは特に、目で見て自分の体の動きに置き換える模倣を頻繁に使います。
異種感覚情報の変換は、リハビリを行ううえで大変重要な要素の一つです。
子どもによって感覚が過敏だったり、鈍感だったりする
体のセンサーである「感覚」は人によって感じ方が異なります。
そして、発達障害の子どもたちは、この感覚に偏りがある場合があります。
たとえば…
・洗濯機や掃除機、ドライヤーの音が苦手
➡ 聴覚過敏
・暑さ、寒さが苦手
➡ 温度覚の過敏
・注射が好きや痛みに強い
➡ 痛覚や触覚の鈍さ(鈍麻)
・トランポリンや激しい動きの遊びがすき
➡ 固有受容覚の鈍さ(鈍麻)
このセンサー、つまり感覚から伝わってくる情報をもとに、脳がいろいろな判断をするわけです。
発達障害のお子さんは、このセンサーが敏感(過敏)だったり、逆に鈍い(鈍麻)ことがあります。
このかたよった情報をもとに、脳が自分の体を把握したり、判断したりすることで、いろいろな症状として見えてきます。また、固有受容覚にかたよりがあるお子さんの場合、自分のボディイメージがうまく作れなかったり、運動イメージをすることが苦手だったりします。
例えば、自分はほんのちょっと腕を動かしたつもりでも、実際は大きく動いてしまうとか。
自分が感じ取っている感覚と、実際の動きにズレが生じているので、うまく自分をコントロールできないんですね。
「運動が苦手」と言われるおこさんの多くは、このズレが要因となっていることが多いです。
感覚と運動の関係性についてもっと知りたい方はコチラの記事も読んでみて!
感覚統合とは、土台となる感覚を使ってより良い体験をする
感覚統合療法(Sensory Integration Therapy : SIT)は、1960年代にアメリカの作業療法士 Ayresによって、学習障害児に対する治療法として考案されました。
その後、学習障害だけでなく、自閉症や知的障害などその他の疾患に対しても応用されていきました。
感覚は、わたしたちが活動を行う、運動を行ううえでとても重要なセンサー、モニターの役割をしています。感覚統合では、これら感覚を土台として、そのうえに体の使い方や複雑な身のこなし、さらにその上に日々の活動や学習などの行動が成り立っていると考えられています。
基礎となる感覚ですが、子どもたちの中には、感覚に偏りがある子がいるということは、さきに述べました。改めて説明します。図を見てください。
例えば、トランポリンを行うとします。トランポリンは前庭覚(バランス感覚)や固有受容覚(運動した時の感覚)を生み出します。
この感覚を感じにくい子どもの場合、とても激しく遊んだり、とても楽しいと感じます。一方、この感覚を感じやすい子どもの場合は、怖いと感じる場合があります。
つまり、感覚刺激を感じにくいが故に恐怖というよりは楽しいと感じている。逆に、刺激を感じやすいが故に怖いと感じてしまいます。
このようなお子さんに対して、活動の基礎となる感覚の凸凹をできるかぎり整えて、よりよい発達やよりよい経験を遊びながら取り込んでもらおうという考え方が「感覚統合療法」の基本的な考え方です。
*感覚を使った具体的な例はこちらで詳しく紹介しています!
子どもの未来を作る「多感覚統合」
『子どもが遊びを繰り返すことによって、大人になってゆく。』
これは、感覚統合理論を主軸とした研修会で、講師の先生が言っていた言葉です。
とても真髄をついた言葉だと私は思っています。
今からお話しするのは、「多感覚統合」。感覚統合理論とはすこしちがいます。でも、似たような部分でもあります。
多感覚とは、つまりいろいろな感覚ということです。(感覚については前述)これを統合する、すなわち感覚情報をまとめていくことで、私たちは私自身の認識や行動を作り上げていくということです。
でも、ただ単純にいろいろな感覚を足し算していけばよいわけではありません。
それには、本人の意図がどこにあるか、意識がどこに向いているのか、注意のベクトルがどこに向いているのかで、この感覚情報というものは逐一変化していきます。
この意図やベクトルを向けた方向によって、ある感覚はとても強調されて脳に入り、ある感覚は抑制されてあまり脳に入っていかないという状況が脳の中で起こります。
たとえていうなれば、感覚にはボリュームのツマミみたいなものがついていて、その時の必要度に応じて、この感覚のボリュームはアップし、あっちの感覚のボリュームは下げるといったことが、脳の中で行われています。
私たちが、リハビリやあそびを通じて一方的に感覚を子供に取り入れようとしても、思ったように入っていかない理由がここにあります。
その子の意図、注意のベクトルがどこに向いているのか、そしておもちゃにはどんな感覚が含まれるのか、その強弱まで分析する必要があるということです。
また、いろいろな感覚情報は過去の経験や記憶と結びついて、その人なりの価値や意味づけをされています。いうなれば、そこに心の動きが生じているわけです。
道端に咲いているお花を子供が見たとします。
「あ、お母さんお花好きだったな!このお花を摘んで帰ったらお母さんよろこぶかな?」
視覚という感覚を過去の経験や記憶と結び付けて、お花を摘むという行動が生まれたわけです。お花を摘む動きをするために、体は必要な感覚情報を集めるわけです。
でも、お母さんがお花で喜んでいたという経験が無ければどうでしょう。もしかすると、お花はスルーしていたかもしれません。こういったそれぞれの経験が歴史となり、脳の神経のつながりを変えていきます。
つまり、それが「個性」です。
そしてこの歴史から導かれた行動、そこから得られた様々な感覚情報が新たな記憶となり、また将来の記憶に影響を与える。
これが、冒頭に紹介した『子どもが遊びを繰り返すことによって、大人になってゆく。』とリンクします。
今日、子どもが感じ取った感覚情報は、明日の行動を作る。
未来の行動をうみだす可能性を秘めているわけです。
私は子どもたちやその両親にいつも言います。
感覚情報は貯金と一緒、入った情報は必ずたまっていく。だから、今日経験したことは、必ずどこかで活かされる。
だから、お母さんやお父さんが、こどもたちのためにしたことは、無駄な事はひとつもありません。
まとめ「感覚はあくまでも一側面である」
感覚の基本的な知識や感覚統合の考え方について解説しました。
ここで一番重要な事は、感覚に偏りがあるからって、良いも悪いもありません。それが「その子ども自身のありのまま」の姿なのです。
苦手だからって無理にならそうとすると、ストレスを与えて逆効果になる場合もあります。私は黒板を爪でひっかく音が大の苦手ですけど、それをずっと聞かされたらどうですか? いやですよね。最悪、怒ります!不快と感じる感覚は遠ざけるのがベストです。
人間の行動は複雑な脳のネットワークで出来ています。感覚だけではそもそも説明できません。
伝わってきた感覚情報を子どもはどのように脳の中で処理しているのか?
そもそもその感覚に注目できてるのか?
たくさん伝わってくる情報のどれを取り込むのか?
感覚と記憶をどのように結び付けているのか?
感覚情報からその先の脳がどのようにそれを使って行動に結び付けていくのかを掘り下げないと、本当の子どもの姿は見えてきません。
その子がもつセンサーのありのままを受け止めて、それに対応していくことが一番重要です。
ここからは感覚の補足記事です。より理解を深めたい方向けにおススメです。
身体感覚は「あなた」という意識を作るうえで重要です。
感覚という知識を深めるうえで、重要な感覚があります。それは「身体感覚」です。
この身体感覚とは「内蔵を含めた全身の生理的な状態に関する感覚」として定義され、その感覚が無意識での情動や自己意識を作っているのです。
内臓を含めた感覚っていまいちピンとこないですね。では、このような経験があなたはありますか?
たとえば、すきなひとを見ていると、心臓がドキドキばくばく、あ、これって好きなのかな?という心臓の動きの感覚から自分の気持ちに気がつくこと。
あぁー大事な試験だ。うまく問題解けるかな…うぅ胃が痛い…。胃の痛みや不快感から不安感を意識します。
つまり、身体感覚を感じる事で、自分のココロの動きに気がつくことができるのです。
私たちは、目が覚めているときは、じつにいろいろな感覚、視覚、聴覚、固有受容覚などが脳に入ってきます。その中で必要な情報をピックアップされ処理されますが、その多くは記憶されることなく捨てられてしまいます。
しかしながら、その感覚が入ってきたその瞬間、瞬間を感じ取ることによって、私たち自身を意識しています。
この瞬間、瞬間の感覚情報をもとにした自分への意識が途切れることなく、一瞬あらわれてはきえ、また現れては消える、この身体感覚をもとにした自分の意識の連続性が、すなわち私たち自身の認識へと結びついているのです。
このように、途切れることなく感覚情報は私たちに自分への意識や認識を与え、それがいまもこれからもずーっと続いていくわけですね。
感覚が途切れることなく、わたしたちに入ってくることによって、
「わたし」という意識や「わたし」という存在を感じているわけです。
でも。この感覚が弱かったら??
自分自身を感じることができなくなります。わたしはいまどのような状況に置かれているのか?不安を感じます。怖さを感じます。
発達障害のお子さんは、この感覚が弱いために、場所見知りをして泣いたり、急な感覚の変化におどろいてパニックを起こしてしまうのです。
感覚と知覚、認知の違い
感覚、知覚、認知という言葉があります。子どもの行動や特性を理解するうえでとても重要なポイントです。
・感覚
視覚、聴覚、触覚など感覚情報の素材そのものを意味します。
・知覚
いろいろな感覚素材を脳が認識し、暑いとか重いなど「自分で感じる」体験として感じます。
・認知
認識した感覚を自分にとって意味のある情報にして判断したり、知覚を自分の記憶と結び付けたり、あるいは注意を知覚に向けたりします。このように知覚、注意、判断、記憶などの脳の総合的な能力を総じて「認知」や「認知機能」と言います。
さきにあげた具体例は感覚そのものも問題もあれば、知覚や認知の問題もあるわけです。感覚単体の情報から、様々な情報が統合されていく過程で、言葉も変化してくるのです。
感覚とは第一次感覚皮質領域に情報がはいるまでをいいます。
知覚は第一次感覚皮質領域から、第二次感覚皮質領域へ情報がつながっていくまで。
認知とは、さらに第二次感覚皮質領域から第三感覚皮質領域へ情報が統合されていくことを指します。文字では難しいので、アニメーションでどうぞ。
頭のてっぺん頭頂葉の部分は体性感覚、側頭葉の部分は聴覚、後頭葉の部分は視覚です。
この脳の伝達によって、感覚の情報が自分にとって意味のある情報に整理されて、色々な情報や記憶などと合わさることで統合され、それを利用するのです。
感覚や知覚など似ているようで、すこし意味合いが異なってきます。
言葉の意味を知っているだけで、専門家とのやり取りがわかりやすくなります。
また、脳の働きを知っておくことは、より専門的に支援を行ううえで重要な知識となります。
ここまでお読みくださって、まことにありがとうございました!!
引用文献
・後藤淳:中枢神経系の機能解剖.関西理学5.pp11-21.2005
・後藤淳:感覚入力における姿勢変化.関西理学10.pp5-14.2010
・福島宏器:身体を通して感情を知る.Japanese Psychological Review. Vol. 61. No. 3.301–321.2018
・小松則登 他:センソリーコミュニケーションと自閉症:OTジャーナル35.721-723,2001
・有川真弓 他:わが国の感覚統合療法効果研究の現状.日保学誌 Vo1.9.3.170-177.2006
・カルロ・ペルフェティ:認知神経リハビリテーション入門.共同医書出版.2016
・太田篤志:感覚統合療法の理論と実際.OTジャーナル.45(7):835-841,2011
・認知運動療法入門:宮本省三・沖田一彦
・感覚統合Q&A(改定第2版)
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