「発音がまだ不安定だけれど、ひらがな練習を始めて大丈夫?」
「なぞり書きが苦手なのは、手先の問題だけ?」
こうした疑問は、臨床や療育、家庭支援の現場でよく聞かれます。
実は発音と書字は、脳と運動の発達という点で深く結びついています。
今回は、1960年代に行われた日本の医学的研究
「幼児の発音に関する研究」(金沢大学・上杉 弘)を手がかりに、
発音と書字の発達的なつながりを整理します。
幼児の発音は、いつ完成するのか

本研究では、3〜6歳の幼児228名を対象に、
絵カードを用いた25語の自発発音検査が行われました。
その結果、
- 5歳頃までに、80%以上の発音が完成
- サ行・ザ行は比較的遅れて完成
- ラ行は大きな遅れを示さない
- 女児は男児より約1年分発音発達が早い
という傾向が明らかになっています 。
重要なのは、
👉 発音の完成は「知的成熟」ではなく、「運動・感覚の成熟」と密接に関係する
という点です。
発音発達を支える3つの要素

論文では、発音の発達に影響する因子として次の点が示されています。
① 発音器官の運動成熟
舌・唇・顎をタイミングよく、正確に動かす能力は、
年齢とともに徐々に整っていきます。
特にサ行音は、
- 舌先の微細なコントロール
- 呼気の持続と調整
が必要なため、完成が遅れやすい音とされています。
② 聴覚の「聞き分け能力」
この研究では、聞き分け能力(聴解能)と発音発達の関連も検討されています。
- 聞き分け能力が高い子ほど、発音が安定
- 自分の音と正しい音を比べる経験が、発音修正を促進
つまり、
👉 「正しい音を聞く → 自分の音を調整する」フィードバック機構
が、発音発達の鍵となります 幼児の発音に関する研究_unlocked。
③ 生活習慣・関わり方
本研究では、
- 生活習慣が整っている
- 過度に盲従的でない養育態度
の幼児ほど、発音発達が良好であることも示されています 幼児の発音に関する研究
これは、主体的に話す・試す経験の積み重ねが、
発音運動の洗練につながることを示唆しています。
発音と書字は、なぜつながるのか

では、これらの知見は書字(ひらがな・なぞり)とどう関係するのでしょうか。
共通するポイントは「運動の内部モデル」
- 発音:
音をイメージ → 舌や口を動かす → 音を聞いて修正 - 書字:
形をイメージ → 手指を動かす → 視覚で修正
どちらも、
👉 「イメージ → 運動 → フィードバック」
という同じ神経回路を使っています。
発音がまだ不安定な時期は、
この内部モデル(internal model)が発達途中にある状態です。
そのため、
- なぞり書きがぎこちない
- 線が安定しない
- 形を覚えにくい
といった書字の困難が併存することは、発達的に自然なのです。
書く前に「話す・聞く」
この論文が現代にも示唆する重要なポイントは、
発音を単なる「音の誤り」として矯正するのではなく、
感覚と運動の成熟として捉えること
です。
書字支援においても、
- 正しい音を聞く
- 自分の発音を確かめる
- 話す・まねる・比べる
といった経験が、
「書く力の土台」を静かに支えています。
発音は「言語」ではなく「運動」である

近年の発話発達研究では、
発音は「音を知っているかどうか」ではなく、
どれだけ正確に、再現可能な運動として実行できるか
という運動制御能力として捉えられています。
Kent(2000)は、
発話を「高度に精密化された運動スキル」と位置づけ、
舌・口唇・顎の協調運動が、年齢とともに段階的に洗練されることを示しました。
この視点に立つと、
上杉(1966)が示した
- サ行・ザ行が遅れやすい
- ラ行は比較的安定している
という結果は、
👉 運動の難易度の違い
👉 感覚フィードバックへの依存度の違い
として、非常に合理的に説明できます。
フィードバックが育つと、発音も書字も安定する
Goffman(2010)は、
発話発達において重要なのは
- 正しい動きを「教える」ことではなく
- 自分の動きを感覚的に調整できること
だと述べています。
これは、上杉論文で示された
- 聞き分け能力の高い子ほど発音が良好
- 録音を用いた自己比較が有効
という結果と一致します。
同じ構造は、書字にも当てはまります。
- 目で線を見る
- 手の動きを感じる
- ズレを修正する
という一連の過程は、
発音における「聞く→調整する」過程と同型なのです。
小脳は「話す」と「書く」の司令塔

Ackermann & Hertrich(2000)は、
小脳が発話において果たす役割として、
- タイミング調整
- 運動の滑らかさ
- 誤差修正
を挙げています。
同様に、小脳は
- なぞり書き
- 線の安定
- 運筆のリズム
にも深く関与します。
つまり、
小脳がまだ発達途中の子どもでは、
発音も書字も「ぎこちない」状態が併存しやすい
ということになります。
これは、
発音が未熟な時期に無理に書字を求めると、
- 疲れやすい
- 形が崩れる
- 嫌がる
といった反応が出やすい理由でもあります。
DCD・不器用さとの重なり
発達性協調運動障害(DCD)に関する研究では、
- 微細運動
- 運動イメージ
- 内部モデルの形成
の弱さが指摘されています(Zwicker et al., 2012)。
DCD傾向のある子どもでは、
- 発音が安定しない
- なぞり書きが極端に苦手
といった併存が、臨床的にもよく観察されます。
これは「努力不足」ではなく、
運動を組み立てる神経基盤の成熟段階の問題です。
支援への示唆:順番を間違えない

これらの研究を総合すると、
支援の優先順位は明確になります。
- 聞く・話す・まねる
- 大きな運動・リズム
- なぞり・書字
👉 発音が揺れている時期は、書字の準備期
この視点は、
上杉(1966)の古典的研究が、
現代の神経科学によって裏づけられた形だと言えます。
まとめ
- 幼児の発音は5歳頃までにほぼ完成
- サ行は運動・感覚の成熟を要するため遅れやすい
- 発音と書字は同じ発達メカニズムを共有
- 書字が苦手な子ほど、発音・聞き分けの視点が重要
「書けない」ではなく、
「まだ準備中」と捉えることが、支援の第一歩になります。
参考文献
上杉 賢(1966)
幼児の発音に関する研究.音声研究, 10, 1–15.
Kent, R. D. (2000).
Research on speech motor control and its disorders: A review and prospective.
Journal of Communication Disorders, 33(5), 391–428.
Goffman, L. (2010).
Dynamic interaction of motor and language factors in phonological development.
Journal of Communication Disorders, 43(3), 173–182.
Ackermann, H., & Hertrich, I. (2000).
The contribution of the cerebellum to speech processing.
Journal of Neurolinguistics, 13(2–3), 95–116.
Feder, K. P., & Majnemer, A. (2007).
Handwriting development, competency, and intervention.
Developmental Medicine & Child Neurology, 49(4), 312–317.
Hoy, M. M., Egan, M. Y., & Feder, K. P. (2011).
A systematic review of interventions to improve handwriting.
Canadian Journal of Occupational Therapy, 78(1), 13–25.
Zwicker, J. G., Missiuna, C., Harris, S. R., & Boyd, L. A. (2012).
Developmental coordination disorder: A review and update.
European Journal of Paediatric Neurology, 16(6), 573–581.
Diamond, A. (2000).
Close interrelation of motor development and cognitive development.
Child Development, 71(1), 44–56.


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