「サ行の発音が不安定な子は、
ひらがなの“さ”を書くのも苦手そう」
「なぞり書きがうまくいかないけれど、
発音もどこかぎこちない気がする」
こうした気づきは、
保護者や支援者が現場でよく抱く、とても鋭い感覚です。
実はこの直感は、
医学的・神経科学的にも強く支持されています。
発音(話すこと)と書字(書くこと)は、
別々の能力のように見えて、
脳の中では共通する発達基盤の上に成り立っています。
1.発音と書字は「同じ神経ネットワーク」を使っている

発音と書字は、
口と手という異なる器官を使いますが、
脳内では次のような共通ネットワークが関与します。
主に関わる脳領域
- 前頭葉(運動前野・前頭前野)
→ 運動の計画、順序立て、注意の配分 - 補足運動野(SMA)
→ 動きの準備、開始、切り替え - 小脳
→ タイミング、なめらかさ、誤差修正 - 頭頂葉
→ 空間認知、形の把握、身体感覚の統合
これらは、
- 構音(舌・口唇の協調運動)
- 書字(筆記運動)
- なぞり
- 模倣
すべてに共通して使われています。
👉 つまり
発音の不安定さと書字のぎこちなさは、
同じ神経発達の成熟途中に現れることが多い
ということです。
2.サ行の構音と書字は「求められる運動の質」が似ている

サ行の発音で必要なこと
- 舌の位置を数ミリ単位で調整する
- 完全に閉じず、すき間を保つ
- 息の流れを一定に維持する
- 同じ位置を何度も再現する
ひらがな・なぞりで必要なこと
- 線の位置を微細に調整する
- ペンを止める/進めるを切り替える
- 力を入れすぎず、抜きすぎない
- 同じ形を再現する
ここで重要なのは、
どちらも 「力」ではなく「制御」 が求められている点です。
👉
粗大な運動はできるが、
微細な制御が未熟
という発達段階では、
サ行と書字の両方でつまずきが生じやすくなります。
3.医学的に見ると「運動学習の問題」

多くの場合、これは
- 知的な問題
- 理解不足
- 努力不足
ではありません。
医学的には、
- 運動計画(motor planning)
- 運動系列化(sequencing)
- 誤差修正(error correction)
といった、
運動学習のプロセスの成熟途中と捉えられます。
この視点は、
- 発達性協調運動障害(DCD)
- 発達性発語失行(CAS)
- 軽度の神経発達のアンバランス
などの研究とも一致します。
4.サ行が不安定な子に見られやすい書字の特徴

臨床的に、サ行の構音が不安定な子どもには、
次のような書字特徴がよく重なります。
よく見られる特徴
- なぞり線からはみ出る
- 曲線が直線的・角ばる
- 書くスピードが極端に一定でない
- 「さ・き・ち・ら」などが特に難しい
- 形は分かっているのに再現できない
これらは、
👉 「わかっているが、できない」状態
= 運動再現性の未熟さを示唆します。
5.なぞり書きが「苦痛」になりやすい理由
なぞり書きは一見やさしそうですが、
神経学的にはとても負荷が高い課題です。
- 視覚情報を処理しながら
- 手の位置を調整し
- 力を一定に保ち
- はみ出さないよう制御する
これは、
サ行発音で「すき間を保つ」ことと非常によく似ています。
そのため、
集中できない
嫌がる
途中でやめる
といった反応は、
怠けではなく、過負荷のサインであることが少なくありません。
6.発音の安定が、書字を楽にする理由
発音が安定してくると、
- 運動の準備がスムーズになる
- 切り替えが楽になる
- 誤差修正が早くなる
といった変化が起こります。
これらは、
- 舌の運動
- 手の運動
どちらにも波及します。
👉
サ行が安定してくる時期に、
書字も自然と安定してくる
という現象は、
神経発達的に非常に合理的です。
7.支援の視点:発音と書字を「切り離さない」

サ行がまだ不安定な段階で、
- 正確な字形
- きれいななぞり
を強く求めすぎると、
- 運動が硬くなる
- 誤差修正が働きにくくなる
- 失敗体験が固定化する
可能性があります。
この時期に大切な視点
- 正確さより動かす経験
- 完成度より運動の流れ
- 発音・書字・遊びを分断しない
8.まとめ
発音と書字は、
同時に育つ「運動言語システム」の別の表れです。
サ行の発音が不安定な時期に、
ひらがなやなぞりがぎこちなくても、
それは自然な発達の一部です。
発音を育てることは、
同時に「書く力の神経基盤」を育てること。
焦らず、
その子の発達段階に合った関わりを積み重ねることが、
もっとも科学的で、もっともやさしい支援です。
本記事は、発達神経科学・小児神経学・作業療法・言語病理学の研究知見をもとに、一般の方にも理解しやすい形で再構成しています。
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