長期化するコロナ禍
いま深刻になってきているのが「Long-COVID」 つまり、コロナ後遺症です。
私自身、「コロナ後遺症」の外来で知能検査を行っています。
年齢に関係なく、脳の機能が低下する結果が次々に出ています。
この脳の機能が低下する状態を「ブレイン フォグ(脳の霧)」と表現されていますが、いまだにきちんとした症状の定義付けはなされておりません。
きちんとした後遺症への治療が確立することを望んでいます。
今回は、世界で研究されているコロナ後遺症の色々な文献をレビューしていきたいと思います。
Long COVID(新型コロナ後遺症)の症状
Long COVIDという名前はいわゆる俗称で、じつはまだ標準化された名称や定義付けされていません。英国のガイドラインでは次のような症状をあげています。
呼吸器の症状 | 息切れ・セキ |
心臓系の症状 | 胸痛・動悸 |
全身の症状 | 倦怠感・熱・痛み ブレインフォグ・集中力低下・記憶力低下 |
脳神経の症状 | 頭痛・睡眠障害・めまい・しびれ 末梢神経のいたみ・せん妄(混乱) |
消化器の症状 | 腹痛・嘔気・下痢・食欲不振 |
筋肉の症状 | 筋肉痛・関節痛 |
精神の症状 | 抑うつ・不安 |
耳鼻咽喉の症状 | 耳鳴り・耳の痛み のどの痛み・味覚や嗅覚障害 |
ひふの症状 | 発疹 |
筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群に似た「慢性疲労」の後遺症
現在の仮説では、COVID-19 後(コロナ後遺症)の疲労は、筋痛性脳脊髄炎や慢性疲労症候群CFS/ME)と共通の特徴を持つことが報告されています。
筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(CFS/ME)とは
筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群は、病気やストレスなどをきっかけに次のような症状を引き起こす病気です。
▸ 激しい全身の倦怠感
▸ 労作時に起こる強い倦怠感
▸ 微熱
▸ 頭痛
▸ 筋肉痛
▸ 脱力
▸ 認知機能障害
▸ 回復感をともなわない睡眠
▸ めまい、たちくらみ
これら症状が日常生活を脅かし、生活できなくなるという特徴をもちます。
治療は医師が処方する「薬物療法」によって行われます。
このような疲労感を発生するメカニズムとして、脳の特定領域の血流量の低下、神経伝達や脳の代謝異常などがしてきされています。
筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群の話題はこの先もかなり多くの文献で出てきます。
この症状とコロナの疲労感は似ているとしていますが、まだコロナの疲労感のメカニズムは正確にはわかっていません。
入院しても、自宅療養でも発症率に差はない
入院するほどの症状を出した患者と、自宅療養のように入院しなかった患者の「後遺症」を比較したところ、次のようなことが報告されています。
急性感染症から2年後に1つ以上のCOVID-19後症状を示した患者数は、
入院患者で215(59.7%)、非入院患者で208(67.5%)だった(P = 0.01)
COVID-19後の症状については、入院患者と非入院患者の間に有意差は認められなかった
また、Long COVIDの急性期後遺症として自律神経機能障害がみられる場合があります。
この自律神経機能障害にも入院とそうでない場合とで大きな差がないと報告があります。
中等度から重度の自律神経機能障害の証拠が、入院の有無にかかわらずCOVID患者の66%に認められ、COVID-19急性疾患の重症度とは無関係であることが示唆された
つまり、入院も自宅療養のどちらも同じように「後遺症」を引き起こす可能性があるということがわかりました。
長期化する症状
発症から2年経過しても、症状を出す患者がいます。次のような症状が多く見られたと報告しています。
・疲労
・痛み
・記憶喪失
長期にわたって後遺症になやまれる患者さんもすくなくありません。
新型コロナ後遺症の治療
現在「Long COVID(新型コロナ後遺症)」の原因がわかっていないため、治療法は確立していません。しかしながら、いくつかの方法が試されており成果をあげています。
上咽頭擦過治療
これは上咽頭部に「0.5~1%の塩化亜鉛」の薬液を付けた綿棒などを擦り付ける方法です。
この治療は1960年代に日本で開発されました。頻度は週一回、期間は数カ月程度とされています。
治療によってしみるような痛みがあったり、耳の奥に放散痛が出たりする人がいるようです。
もともと筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)にも用いられていたことから、Long COVIDに対しても治療が試みられています。
しかし感染予防への効果は報告されていますが、「ブレイン フォグ」への効果はまだわかっていません。
rTMS(反復性経頭蓋磁気刺激)
rTMSは頭の表面にコイルをあて、そこから局所的に磁気をあてる治療法です。磁気の力で脳の中に「電流」が発生し、これによって血流が低下している脳を活性化させます。
うつ病に対しては2019年に保険適用が認可された治療ですが、Long COVIDへの治療は健康保険の適用外となっています。
うつ病のほかにも、脳卒中患者に対しても治療、研究がすすめられている新し治療方法です。
頭にコイルを当てるだけで、患者さん自身はリクライニング椅子に座ってリラックスしているだけという、体への負担も少ないのが特徴です。
Long COVID(新型コロナ後遺症)では、脳のある部分の血流低下が認められており、そこに局所的に磁気をあてることで脳を活性化します。
文献では「疲労感の改善」「認知機能の改善」などLong COVIDの症状やブレイン フォグに効果が期待できるとしています。
一方で頻度や磁気で刺激する場所は検討の余地があるとして、引き続き研究が続けられています。
2022年現在、最新の治療であるrTMSは、非常に興味深い治療法です。
コロナ後の症状に悩むときは、「コロナ後遺症の外来」を診療することおすすめします。
メラトニンのコロナ後遺症への応用の可能性
メラトニンは、抗酸化物質、抗炎症物質、免疫調節物質としての機能により、SARS-CoV-2感染の兆候や症状を軽減するのに特に効果的であると考えられる。
メラトニンは、主に概日リズムや睡眠に関係する物質です。
このメラトニンがコロナ後遺症の症状のひとつである「慢性的な疲労感」や「ブレイン フォグ(脳の霧)」をコントロールするための神経保護剤として応用できるのではないかと報告しています。
しかしながら、これについてはさらなる研究が必要としています。
概日リズムとメラトニンに関する記事はこちらもご覧ください↓↓↓
新型コロナは脳に変化をもたらす
新型コロナに感染した後に起こる後遺症には、脳の働きが弱まる症状が認められます。
脳の変化については数多くの研究がされております。
どのようなことがわかったのでしょうか?
脳の代謝の低下
long COVIDの患者さんの脳を調べると、右前頭葉と側頭葉、眼窩と内側頭領域に代謝の低下を認めました。何が原因かはわかりませんが、脳内の炎症が有力な説であるとされています。
大脳辺縁系および基底核体積の増加
新型コロナに感染した人と健康な人の脳を画像解析したところ、辺縁系および基底核において体積の増加が有意に高かったと報告しています。
COVID群は健常対照群と比較して有意に高い疲労度を経験し、この群の灰白質体積は辺縁系および基底核において有意に高かった
疲労に関連する脳領域で灰白質体積と疲労の正の相関がより強いことが新たに報告され、このコホートにおける構造異常と脳機能の関連性が示唆された。
この脳の変化が、「疲労感」と関係しているということですが、引き続き調査をする必要があるようです。脳の血流低下と関係があるのでしょうか。
COVIDと脳の異常
上記以外の論文でも、COVIDと脳の異常を関連づける結果が出ています。
SARS-CoV-2感染が陽性となった401例と、対照者384名の脳の変化について調べた
▸ 前頭葉眼窩皮質と海馬傍回における灰白質厚と組織コントラストの減少が大きいこと
▸ 一次嗅皮質に機能的に関連する領域における組織損傷のマーカーの変化が大きいこと
▸ SARS-CoV-2症例の全脳サイズの減少が大きいこと
これら脳の領域は「嗅覚」や「記憶力」「注意力」などの認知機能と関係しています。
コロナ感染後に起こる「嗅覚の異常」や後遺症でみられる「認知機能の低下」はこういった脳の変化によるものかもしれません。
コロナがほかの感染症を再活性化 これが慢性疲労の原因?
筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群 は主に、エプスタイン-バーウイルス (EBV) による感染性単核球症などの重度の感染によって引き起こされます。
ICU に入院した SARS-CoV-2 患者では、HSV1、VZV、EBV、CMV、およびヒトヘルペスウイルス 6 (HHV6) が再活性化されることが報告されています。EBV の再活性化は特に回復の遅延と関連しているため、PASC の根本的な原因として提案されている
慢性的な疲労症状は、EBVというウイルスなどの感染によって引き起こされます。しかし、普通はこのようなウイルスは感染後に、潜伏して症状を出すことはあまりありません。
しかしコロナに感染した患者の多くは、この潜在化したウイルスが再活性化したと報告しています。
つまり、コロナによってこれらウイルスが再び動き始め、後遺症にあらわれる慢性的な疲労感を引き起こしている可能性があると報告しています。
長期化するコロナ後遺症を説明するひとつの可能性として、研究が続けられています。
新型コロナの成人と子どもの症状のちがい
ドイツの研究では、成人と子どもで症状にいくつか違いがあることがわかりました。
▸ 成人
嗅覚・味覚障害
発熱
呼吸困難
咳
呼吸不全
呼吸器症状が最も多くみられ、その他に喉痛や胸痛、脱毛、倦怠感・疲労、頭痛がみられた
▸ 子ども
倦怠感や疲労
咳
喉痛・胸痛
適応障害
これらが最も高く、そのほかに頭痛、発熱、不安障害、腹痛、うつ病がみられた
また、研究では青年や子どもの新型コロナ後遺症発症について次のように報告しています。
小児および青年において、年齢と性を一致させた対照群と比較して、2・3か月以上続く多数の健康症状の頻度が著しく高いことが示された
つまり、新型コロナに感染した子どもでは、長期化する症状(後遺症)の発生頻度が多いという結果が出たのです。
子どもや青年にも、新型コロナ後遺症が発生することを否定できないと結論づけています。
長期化する後遺症は、長期にわたって医療が必要になる
この長期化する後遺症によって、長期間にわたり医療サービスを受けることになります。
新型コロナに感染した子どもでは、長期化する症状(後遺症)の発生頻度が多いという結果は、感染者が増えれば、それだけ「新型コロナ後遺症」を発症する人も当然増えるということが言えます。
長期化する医療サービスの利用によって、医療費などの問題も今後起こりうる可能性がでてきそうです。
まとめ
慢性の疲労感や脳の機能が低下する事から、新型コロナが脳になんらかのダメージを与え、それによって脳血流量の低下や脳の代謝異常を引き起こしているのではないかということがわかりました。
そして大人も子どもの関係なく、後遺症を起こすリスクがあること、長期化する可能性があることなどがわかりました。
いくつかの文献や研究の報告で後遺症についてみてきましたが、まだきちんと解明されたものはなく、いくつかの仮説によってその症状を説明しています。
しかしながら、その治療を試みる医師や研究者がいることも事実です。
この先、治療法が確立し多くの患者さんが救われることを願っています。
注意)この記事は新型コロナ感染後の後遺症「Long COVID」に関連する研究をまとめたものであり、この記事の中に出てくる治療方法について当サイトが推奨するものではありません。コロナ後遺症専門の外来を受診するなどして、医師の診断ならびに治療を受けることをおすすめします。
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