私たちは日常生活の中で、視覚や聴覚、触覚などのさまざまな感覚を無意識に使っています。例えば、温かいスープを一口飲む瞬間を想像してみてください。まずは目でスープの色や湯気を感じ、香りを吸い込み、口の中でその温かさや舌触りを味わいながら、一息に飲み下します。この一連の動作には視覚、嗅覚、味覚、触覚、固有感覚(口の動き)など、いくつもの感覚が協調して働いているのです。
しかし、この「複合感覚」がうまく働かないと、こうした何気ない日常の行動にも戸惑いや不快感を感じることがあります。例えば、食べ物を口に運ぶことに不安を覚える、動作がぎこちなくなる、授業中に集中するのが難しいといったことが起きてしまうのです。
複合感覚は、私たちが日々の生活で自然にこなしている行動の背景にある大切なプロセスです。この記事では、複合感覚がどのように働いているのか、そしてそのバランスが崩れるとどのような影響があるのかについて、さらに詳しく掘り下げていきます。
複合感覚とはなにか?
複合感覚とは、複数の感覚システムが同時に関与し、協調して情報を処理することで成り立つ感覚体験や処理のことを指します。私たちは、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、前庭感覚(バランス)、固有感覚(体の位置や動き)といった感覚を日常的に使い、これらを複合的に統合することで周囲の環境や自分の体に適応し、適切な行動が取れるようになっています。
私たちは「見る」「聞く」「触れる」といった感覚を単独で使うこともありますが、実は多くの場面ではこれらが組み合わさり、協力しながら働いています。
複合感覚の具体例
食事の場面での複合感覚
食事をする際には、視覚(見た目)、嗅覚(香り)、味覚、触覚(食感)、固有感覚(噛む力や動き)などが一緒に働いています。例えば、料理を目で見て、香りを嗅ぎ、口に入れて味わい、噛んで飲み込む一連の流れには、これらの感覚の統合が欠かせません。
複合感覚の調整がうまくいかないと
ある子どもが視覚と触覚の統合が難しい場合、食べ物の見た目でその食感を想像し不安を覚え、食べることを拒否することがあります。また、固有感覚が弱いと、噛む力が調節できずに飲み込みが不十分になることもあります。
運動やスポーツでの複合感覚
運動では、前庭感覚(バランス)と固有感覚(体の動き)を組み合わせて動作を調整します。サッカーのようなスポーツでは、ボールを目で追い、蹴るときに体を調整し、バランスを取りながら走るなど、複数の感覚が統合されています。
複合感覚の調整がうまくいかないと
前庭感覚と固有感覚がうまく統合できない子どもは、バランスを崩したり、動作のタイミングがずれて転ぶことが多くなる可能性があります。また、視覚と運動が統合できないと、ボールを追いかけたり適切に蹴ることが難しくなる場合もあります。
教室での複合感覚
授業中に座って勉強することも複合感覚の働きが求められます。視覚(黒板や教材を見る)、聴覚(教師の声を聞く)、触覚(ペンを持つ感覚)、固有感覚(体の位置の調整)などが同時に使われます。これらが調和することで、集中して学習することが可能になります。
複合感覚の調整がうまくいかないと
聴覚と視覚の統合が難しい場合、教師の指示を聞きながら黒板を見ることが難しいことがあります。また、触覚や固有感覚がうまく働かないと、ペンの持ち方が不安定になり、文字を書くことが困難になる場合もあります。
遊びでの複合感覚
遊びには多くの感覚が同時に働きます。特に、子どもが体を使って遊ぶ場面では、複合感覚がうまく連携することが、楽しさや達成感につながります。
・ブランコに乗るとき
ブランコに乗って揺れる際には、前庭感覚(バランス)が体を安定させ、視覚で周囲の動きを把握し、固有感覚で自分の体がどこにあるかを認識しています。この複合感覚がうまく働くと、バランスを崩さずにブランコを楽しむことができます。
複合感覚の調整がうまくいかないと
前庭感覚(バランス感覚)が十分に働かない場合、揺れるブランコに乗るのが怖く感じられたり、体の位置を保てずにすぐに落ちそうに感じることがあります。視覚や固有感覚との連携が難しいと、バランスが崩れ、ブランコにうまく座ることができません。また、揺れが不快に感じられて、ブランコそのものを避けたくなることもあります。
・鬼ごっこやかくれんぼ
鬼ごっこでは、走りながら周囲の状況を素早く視覚で把握し、前庭感覚と固有感覚で体を素早く動かし、バランスを保ちます。また、他の子の動きを聴覚でも捉え、戦略的に行動します。このように、視覚、前庭感覚、聴覚、固有感覚が一体となって働き、走ったり隠れたりする遊びができるのです。
複合感覚の調整がうまくいかないと
複合感覚がうまく働かないと、鬼ごっこで走る際にタイミングよく体を動かすのが難しくなります。例えば、視覚と固有感覚の連携が上手くいかない場合、周りの子の動きを追いかけるのが難しく、すぐに追いつけなかったり転んでしまうことがあります。また、聴覚が過敏だと、他の子が騒ぐ音や走る足音が不快に感じられ、遊び自体を楽しめなくなることもあります。
日常生活動作での複合感覚
日常生活でも、複数の感覚が連携して活動をサポートしています。毎日の基本的な動作も、複合感覚がうまく働くことでスムーズに行えるのです。
・歯磨き
歯磨きをするには、まず鏡を見て歯ブラシの位置を確認する(視覚)、歯ブラシが口の中で触れる感覚を感じ取る(触覚)、そして手の動きを調整して細かい動きをする(固有感覚)といった複合的な感覚が必要です。これらの感覚が統合されることで、歯磨きを正しく行うことができます。
複合感覚の調整がうまくいかないと
視覚や触覚の連携がうまくいかないと、歯ブラシが口の中のどこにあるかが分かりにくくなり、うまく磨けなかったり、歯茎を傷つけることがあります。触覚が敏感だと、歯ブラシの感触が不快に感じられて磨くこと自体が嫌になり、抵抗を示すこともあります。また、固有感覚の調整が難しいと、力加減がわからず、磨き過ぎてしまうこともあります。
・洋服の着脱
服を着るときは、手や足をどこに入れるかを視覚で確認し、服の生地や形状を触覚で感じ取り、体を動かしながらバランスを取って(前庭感覚と固有感覚)スムーズに着替えができます。複合感覚がスムーズに働くと、着替えが簡単になり、自分で行うことに自信もつきます。
複合感覚の調整がうまくいかないと
服の生地が肌に触れる感覚(触覚)が過敏な場合、特定の素材や縫い目が不快に感じられて服を着たくなくなったりします。固有感覚や視覚との連携が弱いと、袖や足を通す位置がわからず、手間取ってしまいます。バランス感覚(前庭感覚)の問題がある場合、片足でズボンを履くなどのバランスが必要な動作が難しくなり、着替えに支障が出ることがあります。
外出での複合感覚
外出するときには、普段と異なる環境の変化に適応するため、多くの感覚が協力して働きます。複合感覚がうまく働くことで、安全で楽しい外出が実現します。
・道路を渡るとき
車や信号機の状況を視覚で確認し、車の音を聴覚で感じ取り、自分の立ち位置や向かう方向を固有感覚で把握します。さらに、信号のタイミングや周囲の動きに合わせて動作を調整するため、バランスを保ちながら歩く前庭感覚も必要です。これらの感覚が協調して働くことで、安全に道路を渡れるのです。
複合感覚の調整がうまくいかないと
視覚や聴覚が過敏であったり連携が難しい場合、車や信号、周りの音に圧倒されて混乱しやすくなります。特に、固有感覚が不十分だと、自分の体の位置や動きがわからず、信号が青でも道路に出るのが怖く感じられることがあります。
・スーパーでの買い物
店内を歩きながら商品を見て、手で取り、カートに入れる動作も複合感覚が関わっています。視覚で商品を探し、手で持つときにどれくらいの力で握るかを固有感覚で調整します。また、カートを押しながらバランスを取るために前庭感覚が働きます。感覚がうまく統合されることで、買い物がスムーズに進むのです。
複合感覚の調整がうまくいかないと
スーパーでは多くの視覚刺激や音、触覚の刺激が一度に入ってきます。視覚や聴覚の連携がうまくいかないと、棚の商品を見つけたり選んだりするのが難しく、混乱することがあります。固有感覚の調整が不十分だと、商品を持つ力加減が難しく、物を落としてしまったり、カートを押すのがうまくいかないこともあります。
複合感覚を育むにはどうしたらよいか?
遊びを通して複合感覚を育む
遊びの中で複数の感覚を使う経験は、楽しく自然に複合感覚を育む効果があります。
リズム運動やダンス
音楽に合わせて体を動かすダンスやリズム運動は、聴覚(音楽を聞く)と固有感覚(体の動きを認識する)、前庭感覚(バランスを取る)を統合する練習になります。体全体を動かすことで、感覚の協調が発達します。
積み木やブロック遊び
手先の触覚や視覚、固有感覚を使って、形や色を合わせながら積み上げたり組み立てたりする遊びは、手と目の協調を高め、空間認知の発達にもつながります。ブロックを倒さないよう慎重に重ねることでバランス感覚も養えます。
バランスを使う遊具で遊ぶ
ブランコ、シーソー、平均台などを利用する遊びは、前庭感覚(バランス)と固有感覚(体の動きの認識)を調整する練習になります。視覚で周囲を確認しながら体の動きを調整することで、さまざまな感覚の統合が促されます。
日常生活動作で複合感覚を育む
日常生活の中で、複数の感覚を使う機会を増やすことで、複合感覚の調整力を育むことができます。
料理やお菓子作り
食材を視覚で確認し、触覚で触れ、固有感覚で適切な力加減で混ぜたり切ったりする料理は、複数の感覚が必要です。また、完成した料理の香りを嗅ぎ、食感を楽しむことで、嗅覚や触覚も養われます。特に、自分で作った料理を食べることで、視覚・触覚・嗅覚の調和を実感することができます。
片足立ちやかかとの上げ下げの練習
靴下を履いたりズボンをはく時など、片足でバランスをとる場面で、前庭感覚と固有感覚を育む練習ができます。また、鏡の前で靴を履いたり、顔を洗う動作なども、自分の体の動きや位置を認識する練習になります。
手先を使う活動
例えば、ボタンを留めたり、チャックを締めたりといった細かな手先の作業では、視覚と触覚の協調が求められます。手を使うときに見えない部分で作業をするときも、感覚の統合が促進されます。
外出を通して複合感覚を育む
外出先ではさまざまな感覚刺激に対応する場面が多く、複合感覚の発達に良い経験になります。
公園でのアスレチック遊び
公園でのアスレチックや遊具を使う活動は、前庭感覚や固有感覚、視覚の協調を促します。特に、ロープを登ったり、滑り台を滑ったりする活動は、全身のバランスや筋力を必要とするため、複合感覚の向上につながります。
ショッピングモールやスーパーマーケットでの体験
買い物でお店の中を歩きながら、視覚で商品の配置を確認し、カートを押しながら体の位置を保つ練習になります。また、商品を手に取って重さを確認したり、数を数えたりすることで、視覚や固有感覚、触覚が連携して働きます。
遠足やアウトドア活動
山や海でのアウトドア活動では、自然環境の中での複合感覚が大きく働きます。例えば、山登りでは石を踏んだり、傾斜のある道を登ったりしながらバランスを保つため、前庭感覚と固有感覚、視覚が連携します。海で遊ぶ場合も、波や砂浜の感触を足や体で感じ取りながら活動するため、自然と感覚の統合が進みます。
まとめ
複合感覚は、日常生活での多くの活動に関与し、適切に統合されることでスムーズな行動や適応が可能になります。しかし、統合に困難があると、生活に様々な支障が生じます。感覚プロファイルを用いて、こうした複合感覚の機能や問題を評価することで、感覚処理に課題がある子どもたちの支援が必要な領域を明確にし、適切な介入策を立てることが可能になります。
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