記憶力は、人の活動を下支えするための重要な能力のひとつです。私たちだけでなく、発達障害をもつ子どもたちにも大きな影響をあたえる能力のひとつといっていいでしょう。
今回は、その「記憶」について基本的な知識を解説していきます。
記憶の種類
記憶には様々な種類と名前がついていますので、それを紹介します。
陳述記憶(再生できる、表現できる)
短期記憶(即時記憶)
保持期間が数十秒程度の記憶です。保持時間だけではなく、一度に保持される情報の容量の大きさにも限界があることが特徴です。
短期記憶には、別のとらえ方があります。
即時記憶は数秒~数十分の記憶、近時記憶は数分・数時間~数ヶ月の記憶とする考え方もあります。
長期記憶
出来事記憶(エピソード記憶)
個人が経験した出来事に関する記憶を指します。
意味記憶
知識に相当し、言語とその意味(概念)などの記憶を指します。
手続き記憶(非陳述記憶)
自転車に乗れるようになるとか、うまく作業をこなすとか、条件反射などの記憶の事を指します。
記憶が失われる障害
脳卒中や事故などで脳に障害を負うと「記憶障害」が起きることがあります。
この記憶を忘れてしまうことを「健忘」といいます。
脳に障害を負った時点から、それ以降の記憶が障害されることを「前向性健忘」
脳に障害を負う前の情報を忘れてしまうことを「逆行性健忘」と呼んでいます。
前向性健忘は近時記憶の障害です。一方、逆行性健忘は障害時に近い出来事ほどわすれやすく、遠いものほど保たれるという特徴が認められることがあります。
ワーキングメモリとは?
従来の記憶の区分は、その記憶を保持できる時間的な差から短期と長期に分けられていました。その後、情報が持つ機能的な面によって作業記憶と参照記憶に区分できることが提唱されました。
作業記憶(ワーキングメモリ)
ワーキングメモリはこの作業記憶のことを指します。なにか作業や活動を行うときに、瞬間的に一時的に記憶する能力の事をいいます。例に出したように会話や読み書きなど日常のあらゆるところでこの能力を使います。
- 電話を掛けるとき、瞬間的に番号を覚えてボタンを押すとき
- 黒板を書き写す時、瞬間的に黒板の内容を覚えて、ノートに書き写すとき
- だれかと会話をするときに、相手の言ったことをある程度覚えて理解し、それに対して返答するとき
参照記憶
こちらも例を挙げてみてみましょう。
- よくかける電話番号の場合は,何度か電話をかけることを繰り返すうちにすぐに思い出しながら電話をかけることが可能になる
- 書き取りで何度も書いているうちに、お手本を見なくても同じような単語の羅列がかけるようになる
ワーキングメモリーは脳力を使うための「基盤」
ワーキングメモリーは、その場で瞬時に記憶する能力と言いました。
じつはこの力は、脳の力を発揮するための土台となる部分になります。
なぜかって?
「いま」この瞬間にかんがえていること
これを記憶しておかないと、自分が何を考えて、どんなことをやろうとしていたのか、計画していたのかを忘れてしまうからです。
つねに頭の中で計画がつくられ、それを実行する能力。これを「遂行機能」といいます。
この実行力を下支えしているのが、「ワーキングメモリー」なのです。
発達障害にみられるワーキングメモリの特徴
お子さんの中にはこの記憶の情報整理が上手くできない子がいます。それを紐解いていきましょう。
ここから記載することは、あくまでも私の経験から考察したことですので、科学的に立証はされていませんのでご注意ください!
ワーキングメモリの容量がとても少ない子
そもそも情報を覚えておく量が少ないので、つかえる情報も少なくなってしまいます。
計画的に行動ができなかったり、約束を忘れてしまったりといった、生活のなかでいろいろな困りごとが出てくる可能性があります。
ワーキングメモリの容量が多すぎる
逆に容量が多すぎて、いろいろな情報を頭のなかに取り込んでしまい、情報がちらかっているような状態です。そうなると今自分にとって必要な情報を選び出すことが難しくなってきます。ごちゃごちゃした場所から、何かを探すのって苦労しますよね…。
情報のサイクルは頭の中で常に行われていますが、さらにそこから必要な情報の整理が行われます。つまり、必要な情報は残し、いらない情報は忘れる。
たとえば、スマホやパソコンを想像してみてください。
内部のメモリーがいっぱいになってくるとパソコンの起動やアプリの操作などが重たくなったり、突然機能を停止したりしますよね。
人間も同じように容量が少ない場合や情報がいっぱいになった時は、脳のパフォーマンスが低下することが言われています。
発達障害のお子さんが疲れやすいのは、このメモリの問題も一因として考えられます。
ワーキングメモリを上書きしてしまう
なんらかの情報が入ってくると、さっき覚えていた情報に上書きしてしまいます。つねにアップデートし続けるので、情報を覚えておくことができないばかりか、ちょっとした情報に左右されやすくなります。
たとえば、ひとつのおもちゃで遊んでいたとします。
ふとほかのおもちゃが目に入りました。すると、その目から入ってきたおもちゃの情報を上書きしちゃいます。すると今まで遊んでいたおもちゃのことはわすれて、目に入ったおもちゃで遊びだします。
どうしたらいいの?生活の工夫と対処方法
このようなお子さんに対してどのような工夫をすると生活しやすくなるでしょうか?
それは、「情報を制御する」 ということです。
・なにか伝えるにしても、いっぺんにすべてを伝えずに小分けして伝える
・余分な情報が入らないように、物が少ない静かな環境を作る
・勉強面では、一問、一問目の前に提示して問題を解く
・筆箱や余分な筆記用具など余分なものは目隠しして見えなくする、机の中にしまう
いかに情報を整理して、処理しやすくするかがカギとなりますね
ワーキングメモリと注意機能はワンセット
ただし!ワーキングメモリの弱さだけで、困りごとが起きているのではありません。
ここがとても重要です。いろいろなインターネットの情報を見ると、ワーキングメモリだけについて書かれていることが多いのですが、私の解釈は少し違います。
それは「注意機能」と大きな関係があります。そもそも注意が向いてなければ、脳は情報を受け取りません。記憶に残りません。
注意を向けている情報がワーキングメモリとなります。
この情報をもとに、判断し計画を立てて実行するという行動が生まれてきます。
ワーキングメモリは「注意と記憶のセット」
重要なのが、「今」を感じる事です。いま起きていることやいま自分に必要な情報に注意が向くようにしていきたいわけです。これはぜひ覚えておいてください。
記憶のトレーニングについて
ワーキングメモリの容量はおぼえる素材の種類に依存し、数字なら約7個、文字なら約6個、単語なら約5個であることが分かってきたそうです。また、最近の研究によると、ワーキングメモリをトレーニングによって改善できることがわかってきており、さらに、流動性知性(新しい情報を獲得し、処理する力)の結果が8%改善されたという報告されています。
一方で、ワーキングメモリは単体で働くのではなく、長期記憶と連動しながら働くという報告もあります。ようするに、なにか活動するときの知識や技術などを長期記憶に落とし込んでおけば、その分のワーキングメモリをほかのことに使えて、結果的にパフォーマンスが向上するということです。
長期記憶は、他者に説明することや質問を考えることによって,意味が精緻化され長期記憶への定着が進むことが示されています。
ただたんにワーキングメモリだけをトレーニングするだけでなく、場面に即した具体的な内容をトレーニングする方が効果的だと考えられています。記憶や判断を養うために、記憶を使うような遊びをいろいろな場面で経験し、その経験値を高めるとよいのではないのでしょうか。また、自分の考えや学んだことをことばにしてお母さんやお父さんなどに伝えるのもよいでしょう。
まとめ
記憶は容量と情報制御の問題ではありますが、同時に注意機能と密接な関係があるというお話でした。記憶だけでなく、注意力やあるいは情報の整理の仕方を整えたりすることも良いと考えられます。
また、遊びのなかには記憶を使ったおもちゃやゲームも数多くあります。楽しみながら、具体的なあそびという活動を通じて記憶という機能を促すことも効果的ではないでしょうか。
お読みくださって、ありがとうございました。
引用文献
・細川大瑛:非言語性意味記憶障害.Japanese Journal of Neuropsychology36.pp168-pp177.2020
・石川保幸他:短期記憶および作業記憶の評価系の確立. Department of System Life Engineering. Received February 28,2018
(アクセス:https://www.jstage.jst.go.jp/article/maebit/21/0/21_41/_pdf/-char/ja)
・坪見 博之 他:ワーキングメモリトレーニングと流動性知能-展開と制約-.J-STAGE Advanced published date: June 20, 2019
(アクセス:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy/advpub/0/advpub_90.18402/_pdf)
・WK. Honig, Studies of working memory in the pigeon. Cognitive processes in animal behavior, pp211–pp248 .1978
・RC. Atkinson and RM. Shiffrin, Human memory: A proposed system and its control processes, The psychology of learning and motivation 2, pp89-pp195.1968. doi:10.1016/S0079-7421(08)60422-3
・Wong, R. M. F., Lawson, M. J., & Keeves, J. The effects of self-explanation training on students’ problem solving in high-school mathematics. Learning and Instruction, 12, pp233– pp262. 2002
コメント
[…] ここで使っているテクニックのほとんどは注意機能や感覚、記憶といった脳の機能を土台としています。だからこそ、子どもの主体性を伸ばすための声かけや指示が効果的にできるわけです。 子育てに「遅かった」ということはありません。さっそく実践してみてはいかがでしょうか。 […]
[…] といっても、以前もすこしブログに書きました。 注意機能やワーキングメモリという脳の機能を理解して、それを子育てに応用するということです。 […]
[…] ・知覚(感覚) ・注意 ・記憶 ・判断 ・言語 ・イメージ […]
[…] ・目と手の協調性をうながす ・記憶力、ワーキングメモリーを養うことができる。 […]