漢字が苦手な子に、なぞり書きは意味がある?

――「漢字の構成要素」と筆順から考える、ほんとうの理由
「ひらがなのなぞり書きはよかったけれど、
漢字になると急に難しくなった気がする」
そんな声を、保護者の方からよく耳にします。
画数が多く、形も複雑な漢字。
「やっぱり漢字は暗記するしかないのかな?」
そう感じてしまうのも、無理はありません。
でも実は、漢字は
“まったく新しい文字の集合体”ではありません。
近年の書写・漢字研究では、
👉 漢字は限られた要素の組み合わせでできている
👉 書き方(筆順)には、身体的に合理的な理由がある
ということが、はっきり示されています。
今回は、常用漢字2136字を分析した研究をもとに、
「なぜ漢字学習になぞり書きが意味をもつのか」を、
わかりやすく解説します。
漢字は「画数が多い文字」ではない

まず、意外な事実から。
常用漢字2136字をすべて分析すると、
その約90%は、次の 6種類の基本的な線(点画) でできています。
- 横の線
- 縦の線
- 左に払う線
- 右に払う線
- 点
- 折れ
つまり、
👉 漢字は“新しい線”がどんどん増えるわけではない
のです。
学年が上がるにつれて難しくなる理由は、
「知らない線が増えるから」ではなく、
すでに知っている線の“組み合わせ方”が複雑になるから
なのです。
漢字は「バラバラの線」ではなく「かたまり」でできている
もう一つ大切な視点があります。
漢字は、
一本一本の線をばらばらに覚えるものではありません。
研究では、
👉 点画のまとまり
👉 部首よりも細かい“構成要素”
として捉えています。
たとえば、
- 以前に学んだ構成要素を含む漢字は、覚えやすい
- 小学校で習う漢字に出てこない「新しい構成要素」は、実はごくわずか
つまり漢字学習は、
「まったく新しい形を毎回覚える」作業ではなく、
「知っている形を再利用して増やしていく」学習
なのです。
この視点をもつだけで、
漢字はぐっと“理解できるもの”になります。
筆順は「暗記」ではなく「動きとして合理的」

「筆順を守らないといけない理由がわからない」
そう感じる子どもも少なくありません。
しかし筆順は、
見た目のきれいさのためだけに決められているわけではありません。
研究では、筆順を
👉 手の動きの連続性
👉 身体が自然に動く流れ
として分析しています。
その結果、漢字の筆順は、
- 上から下へ
- 左から右へ
- 無理な方向転換を減らす
という、人の手にとって最も楽な順序になっていることがわかります。
つまり筆順とは、
「きれいに書くためのルール」ではなく、
「書きやすくするための工夫」
なのです。
だから「なぞり書き」が意味をもつ

ここで、なぞり書きの話につながります。
なぞり書きは、
単に形をなぞる練習ではありません。
- 基本的な線の動き
- 構成要素のまとまり
- 筆順に沿った手の流れ
これらを、目と手の両方で同時に経験する学習です。
特に、
- 書くことが苦手な子
- 不器用さが目立つ子
- 文字を覚えても再現できない子
にとっては、
👉 「考えてから書く」前に、
「動きとして知っておく」こと
が、大きな助けになります。
ひらがなから漢字へ ― なぞり書きは続いていく

ひらがなのなぞり書きで育った、
- 線の流れ
- 手の動きの感覚
それは、漢字で終わるものではありません。
漢字ではそれが、
- 構成要素の理解
- より複雑な動きの組み合わせ
へと、自然につながっていきます。
漢字が苦手に見える子も、
実は 「土台はすでに持っている」 ことが多いのです。
なぞり書きは、
その土台を“目に見える形”にしてくれる、大切な橋渡しです。
まとめ
- 漢字は、限られた基本要素の組み合わせでできている
- 難しさの正体は「新しさ」ではなく「組み合わせの複雑さ」
- 筆順は、身体にとって合理的な動きの順序
- なぞり書きは、漢字の構造と動きを同時に学べる方法
漢字が苦手な子に必要なのは、
「もっとがんばること」ではなく、
わかりやすい入り口
なのかもしれません。
参考文献(使用論文)
- 菅野陽太郎・寺島薫・押木秀樹
「常用漢字の構成要素とその筆順構造の分析」
『書写書道教育研究』第32号, pp.31–40 - 礒野隆
「『筆順指導の手びき』を対象とした筆順構造の分析」
『書写書道教育研究』第12号 - 宮澤正明
『常用漢字書きかた字典』二玄社 - 文化庁
「常用漢字表」 - 文部科学省
「小学校学習指導要領解説 国語編」



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