「自閉症スペクトラム(ASD)と統合失調症って、どこが違うの?」
「大人になってからも症状が似て見えることがあるのはなぜ?」
医療や教育・相談の現場でも、こうした質問はとてもよく聞かれます。
たしかにどちらも
- 他の人の気持ちを読み取るのが難しい
- 表情の意味をつかみにくい
- 会話するときに距離感がずれやすい
など、見た目として“似ている部分”が出てくることがあります。
しかし、脳の働き方を細かく見ていくと2つの状態には確かな違いがあります。
今回の記事では、福島順子先生(2012)の研究を中心に、他の医学論文の知見も交えながら、
「表情を見るときの脳の反応」
「目の動かし方(眼球運動)」
の2つの視点から、ASDと統合失調症の違いを“やさしく”解説していきます。
1. ASDと統合失調症が「似て見える」理由

まずは前提として、なぜこの2つが混同されがちなのかを簡単に説明します。
① 見た目の行動が似て見えることがある
どちらの人も
- 相手の表情を読むのが苦手
- 会話中に視線が合いにくい
- 冗談や比喩が伝わりにくい
など、“コミュニケーションの不器用さ”が表に出ることがあります。
② 社会的な刺激への苦手さがある
ASDは発達の特性として、
統合失調症は病気の症状として、
どちらにも対人関係のむずかしさが出ることがあります。
そのため「同じように見える」場面があるのです。
③ 成人では発達歴の聞き取りが難しい場合も
子どもの頃の様子が分からない、または自分でもうまく説明できないケースでは、専門家でも判別に悩むことがあります。
2. 表情を見たとき、ASDの脳では何が起きているのか?

ここから、本題である“脳の働き方”を見ていきます。
まずはASDの特徴から。
ASDは「顔を読む脳」が少し働きにくい
人が顔を見るとき、脳の中では**紡錘状回(ぼうすいじょうかい)**という“顔を読み取る専門の場所”が反応します。
ところがASDの人は、
- 喜んでいる顔
- 悲しい顔
- 普通の何も表情がない顔
などを見ても、この部分の反応が弱くなることがあります。
これは多くの研究でも報告されているASDの特徴です
(例:Dalton 2005、Deeley 2007)。
どうして弱くなるの?
ASDの脳は、
「目の動き」よりも「口元」や「背景」に注意が行きやすい
という傾向があると言われています。
つまり、
顔を“顔として認識する”ための情報が脳に入りにくい のです。
怒った顔には「過敏」に反応することがある
一方でASDの人は“怒った表情”には過剰に反応することがあります。
福島らの研究でも、怒り顔を見たときに
右前頭葉(ミラーニューロンが多い領域)が強く反応
する結果が見られました。
これは
- 他人の怒りを「自分への攻撃」と感じやすい
- 怒りの表情が怖い
といったASDの人の体験とも一致します。
3. 表情を見るとき、統合失調症の脳ではどうか?

次に統合失調症についてです。
脳の広い範囲の活動が下がりやすい
統合失調症の人が表情を見ると、
- 前頭葉
- 側頭葉
- 頭頂葉
- 後頭葉
など、多くの脳の場所で活動が低下する傾向があります。
つまり、顔を見たり、意味を考えたり、気持ちを推測したりするいろいろなステップが一度に難しくなるわけです。
表情の“読み取りの成績”そのものが落ちやすい
ASDは“特定の表情”(怒りなど)が苦手だったり、視線が合いにくかったりしますが、
統合失調症では
表情全般の認識が広く低下しやすいのが特徴です。
怒り・悲しみ・喜び・驚きなど、いろいろな表情の識別が難しく、
「今この人はどんな気持ち?」を予測する力も下がることがあります。
これは統合失調症の社会機能に大きく影響します。
4. “脳の反応”の違いをカンタンにまとめると?

ここまでの内容を、専門用語を使わずに整理します。
| ASD | 統合失調症 | |
|---|---|---|
| 顔の情報処理 | 顔を処理する部分が弱く反応 | 脳の広い範囲が弱く反応 |
| 得意・苦手 | 怒り顔で過敏になりやすい | ほぼすべての表情が苦手 |
| 特徴の出方 | “特定のパターンの苦手” | “全体的な苦手” |
ASDは「特徴的な偏り」
統合失調症は「領域全体の低下」
という違いが見えてくるのです。
5. 目の動き(眼球運動)に出る違い

目の動きは、脳の働き方をダイレクトに反映する、とても大事な指標です。
検査は2種類
- サッカード:パッと視線を素早く移す動き
- スムース・パースート:ゆっくり動く物を“なめらかに”追う動き
ASDの人の目の特徴
● サッカード(見てはいけない方向を我慢できる?)
ASDでは、衝動的に“そっちを見てしまう”ことが少し多くなる傾向があります。
ただし、人によって差が大きいのが特徴です。
● スムース・パースート(ゆっくり追える?)
横方向は比較的得意な人が多いですが、
上下方向、とくに「上に動くもの」を追うときに遅れることがあります。
統合失調症の人の目の特徴
統合失調症では、
- サッカード:間違える割合がとても高い
- スムース・パースート:追う動きがスムーズでない
など“はっきりした異常”が多くの研究で言われています。
なぜか?
統合失調症では、
前頭葉の「抑える役割」や、追跡運動の「調整の役割」が弱くなりやすい
からです。
6. ASDと統合失調症の“決定的な違い”とは?

これまでの内容を総合すると、以下のポイントが明確に違います。
ASDの場合
- 顔の「専門領域」がうまく働かず、
- 怒った顔など一部の刺激に過敏
- 目の動きの異常は人によって大きく異なる
- 発達の過程で作られる“情報処理のクセ”が背景にある
統合失調症の場合
- 脳の広い範囲で機能が低下
- あらゆる表情の読み取りが苦手になりやすい
- 目の動きの異常がはっきり出ることが多い
- 発症後に脳機能が落ち、社会的認知が影響される
7. “日常生活での違い”をやさしく例えると?

ASDの場合
- 相手の顔を見るより、背景や別の場所に注意が行きやすい
- 普通の顔のときはあまり反応しないが、怒り顔は敏感
- 見るポイントがずれるので、情報が理解しにくい
- でも能力が低いわけではなく“情報の入り方が独特”
→ そのため
「普通の会話は苦手でも、興味のあることにはすごく集中する」
といった得意不得意の差が出ます。
統合失調症の場合
- 表情の判断そのものが難しくなる
- 「この人、怒ってる?喜んでる?」が分かりにくい
- 会話中の相手の意図を読み違えることがある
- 注意や意欲が下がり、考えるスピードも低下しやすい
→ そのため
「対人関係の誤解が生まれやすい」「コミュニケーションの疲れやすさ」が強く出ることがあります。
8. どうしてこんな違いが生まれるの?

ASDの背景
- 脳のつながり方(コネクティビティ)の偏り
- 感覚の感じ方のユニークさ
- 社会的刺激への注意の向きにくさ
統合失調症の背景
- 前頭葉や側頭葉を中心とした機能低下
- 情報をまとめる力(統合機能)の弱り
- 気分・思考・注意の変化
どちらも「脳の働き方の違い」ですが、
そのタイプが根本的に異なるというのがポイントです。
9. どちらも“個人差がとても大きい”

大切なことは、人によって特徴は大きく違うという点です。
ASDでも
- 表情の読み取りが得意な人
- 人の気持ちをよく察する人
はたくさんいます。
統合失調症でも
- 発症後、回復して社会生活が安定している人
- 表情理解が保たれている人
も多くいます。
この記事で紹介した内容はあくまで“傾向”であり、
その人を決めつけるものではありません。
10. ― ASDと統合失調症は「似ているようで、まったく違う」
◆ ASDの特徴
- 顔を見るときの脳の反応に“偏り”がある
- 怒りの表情には過敏
- 目の動きの異常は人によってまちまち
- 情報の入り方が独特で、特性として生まれつきの傾向
◆ 統合失調症の特徴
- 脳の広い領域で反応が低下
- 表情全般の理解が下がりやすい
- 目の動きの異常がはっきり
- 発症後に広い機能が落ちる「病気」としての特徴
👉 ASDは脳の“使い方のクセ”
👉 統合失調症は脳の“機能そのものの低下”
という、まったく違うメカニズムが働いているのです。
次回、さらにこれらについて深掘りをしていきましょう。
参考文献
福島 順子(2012)「自閉症スペクトラム障害における神経生理学的研究 ――統合失調症との比較――」精神神経学雑誌.


コメント