1. 皮膚感覚(触覚)— ASD と統合失調症では“感じ方”が根本的に違う

◆ ASD:触覚の“過敏”や“鈍さ”がみられやすい理由
多くの研究で、ASDの人は
- とても敏感(痛み・触れられる感覚が強く感じられる)
- 逆にあまり感じにくい(鈍感)
という両極の傾向を示すことがある、と言われています。
ポイントは「感覚を受け取る脳のフィルターの違い」
たとえば Cascio ら(2008)では、ASDの成人は
皮膚の圧力刺激に対する感覚処理が独特
であることが示されました。
また Marco ら(2012)のレビューでは、
ASDの脳は
- 感覚入力の「量」を調整する機能
- 感覚信号を“どこまで大事な情報として扱うか”のフィルタ
に違いがあることがまとめられています。
ASD の触覚の特徴は脳の“つながり方”に由来
感覚を受け取る「体性感覚野」だけでなく、
感覚を制御する前頭葉・島皮質・後部帯状皮質などのネットワークにも違いがあるとされています。
つまり、
ASD:五感を“どう受け取るか”に独特の癖があり、過敏・鈍麻が混在しやすい。
これは「発達の特性」であり、病気による機能低下ではありません。
統合失調症:触覚の異常は“認知の変動”として現れる
統合失調症でも触覚の異常を訴える人はいますが、それはASDとは違い
- 幻触(触られてないのに触られた気がする)
- 身体感覚の歪み(体が大きく感じるなど)
- 痛みの知覚の変化
といった“感覚の解釈のゆがみ”として表れます。
これは
前頭葉の機能低下やドーパミン神経系の変化
が原因とされています。
つまり、
統合失調症:触覚そのものより、“触覚に意味づけする認知”が変化しやすい。
ASDとはメカニズムがまったく別です。
2. 表情認知の深掘り — “見る”だけじゃない、「脳の読みとり」の問題

ASD:表情の「目」の部分が情報として入りづらい
ASDの多くの研究では、
- 目をあまり見ない
- 口元や背景を見る時間が多い
という特徴が繰り返し報告されています(Dalton 2005 など)。
紡錘状回(fusiform gyrus)の反応が弱い
これは “顔を顔として処理する脳の専門領域”です。
ASDではここが
「普通の顔」への反応が弱い
という特徴が安定的に見られます(Deeley 2007)。
怒り顔には過敏(過剰反応)
福島らの研究と同様に、ASDは怒り顔を見たとき
- ミラーニューロン領域
- 前頭葉
が過剰に働くという報告もあります(Dapretto 2006)。
ASD:表情を見るとき、顔の一部(特に目)を“拾いづらい”ために理解が難しくなる。
怒りなど強い表情には過敏になりやすい。
統合失調症:表情認知は“ほぼ全体的に”苦手になる
統合失調症では、
- 怒り
- 悲しみ
- 喜び
- 驚き
など すべての基本表情の認識が下がるという研究が多くあります(Pinkham 2008)。
脳の広範囲の機能低下
統合失調症は、
- 前頭葉(判断・理解・推論)
- 側頭葉(記憶・言語)
- 頭頂葉(統合)
の広い領域の活動が低下し、
表情の意味づけ自体が難しくなると考えられます。
注意・ワーキングメモリの低下も影響
表情認知は「顔を見る→意味を推測する」という複数のステップが必要ですが、
統合失調症ではそのどれもが弱りやすいと言われています。
統合失調症:表情の“情報処理のすべての段階”が弱くなり、総合的に読めなくなる。
3. 社会的脳ネットワーク — ASD と統合失調症の根本的な違い

ここからはもう少し深い、脳科学の話になります。
人が人と関わるときに働く「社会的脳」
人の気持ちを読むために働く脳のネットワークを
ソーシャル・ブレイン(社会的脳)
と呼びます。
主な場所は
- 眼窩前頭皮質
- すく側頭溝(STS)
- くも膜帯状回(ACC)
- 扁桃体(恐怖・怒りの処理)
などです。
では、ASD と統合失調症でこのネットワークはどう違うのでしょうか?
◆ ASD:ネットワークの“つながり方が独特”
ASDでは
- 前頭葉と側頭葉のつながりが弱い
- デフォルトモードネットワークの働きが偏る
- 扁桃体の反応が弱い or 過敏
といった「接続のパターンの違い」が多くの研究で見られています。
“脳の使い方のクセ”が背景にある
ASDの脳は
**「どの情報を大事にするか」**が独特なため、
顔や表情の優先順位が他の刺激より低くなりやすい傾向があります。
統合失調症:ネットワークの“全体的な低下”
統合失調症の社会脳は、
- 前頭前野の活動低下
- 扁桃体の反応低下
- 側頭葉の萎縮
など、構造・機能の両面で下がることが多く報告されています。
統合が苦手になる
表情を見る → その意味を理解する → 文脈に合わせて判断する
という“つなげる作業”が弱くなるため、
表情理解が全体的に落ちていきます。
4. ASDと統合失調症は「似ているようで、まったく違う」

ここまでの深い内容を一言で言うと、
ASDは
- 感覚の入り方が独特
- 脳のつながり方に偏りがある
- 表情の“特定部分”に反応しにくい(特に目)
- 怒りに過敏になりやすい
- 目の動きの異常は個人差が大きい
これは 生まれつきの神経発達の特徴 に由来します。
統合失調症は
- 脳の広範囲の機能が下がる
- 表情全般の理解が弱くなる
- 触覚も“解釈のゆがみ”として変化する
- 目の動きにもはっきり異常が出やすい
こちらは 発症後に脳の働きが落ちること によるものです。
5. 最後に ―「脳科学で見ると、世界の感じ方が違う」

この記事の深掘りポイント:
- ASDは「感覚の入り方」「脳のつながり方」「顔の見るポイント」に独特な特徴
- 統合失調症は「脳の広範囲の機能低下による認知全体の変化」
- 同じ“表情が読みにくい”でも、理由が全く異なる
- 脳科学は「人が世界をどう感じているか」を理解する助けになる
どちらも支援や理解がとても大切ですが、
脳科学の視点からみると、それぞれの感じている“世界の見え方”はまったく違うのです。
参考文献
福島順子(2012)「自閉症スペクトラム障害における神経生理学的研究 ―統合失調症との比較―」精神神経学雑誌
Pinkham AE, Hopfinger JB, Pelphrey KA, et al. Neural bases for impaired social cognition in schizophrenia and autism spectrum disorders. Schizophrenia Research. 2008.
Cheung C, Yu K, Fung G, et al. Autistic disorders and schizophrenia: related or remote? PLoS One. 2010.
Dalton KM, Nacewicz BM, Johnstone T, et al. Gaze fixation and the neural circuitry of face processing in autism. Nature Neuroscience. 2005.
Deeley Q, Daly EM, Surguladze S, et al. An event-related fMRI study of facial emotion processing in Asperger syndrome. Biological Psychiatry. 2007.
Dapretto M, Davies MS, Pfeifer JH, et al. Understanding emotions in others: mirror neuron dysfunction in children with autism spectrum disorders. Nature Neuroscience. 2006.
Frith CD, Frith U. The social brain: allowing humans to boldly go where no other species has been. Philosophical Transactions of the Royal Society B.
Kana RK, Libero LE, Moore MS. Disrupted cortical connectivity theory as an explanatory model for autism spectrum disorders. Phys Life Rev. 2011.
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Cascio CJ, McGlone F, Folger S, et al. Tactile perception in adults with autism: a multidimensional psychophysical study. Journal of Autism and Developmental Disorders. 2008.
Marco EJ, Hinkley LB, Hill SS, Nagarajan SS. Sensory processing in autism: a review of neurophysiologic findings. Pediatric Research. 2012.
Puts NAJ, Wodka EL, Tommerdahl M, et al. Impaired tactile processing in children with autism spectrum disorder. Journal of Neurophysiology.
Ecker C, Bookheimer SY, Murphy DGM. Neuroimaging in autism spectrum disorder: brain structure and function across the lifespan. Lancet Neurology.
Van Os J, Kapur S. Schizophrenia. Lancet.
Uhlhaas PJ, Singer W. Abnormal neural oscillations and synchrony in schizophrenia. Nature Reviews Neuroscience.


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