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ASD・ADHDは「脳の違い」だけではない|神経多様性(Neurodiversity)から考える発達障害の最新理解

もっと知りたい小児の知識

「発達障害は脳の障害です」

これまで、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)は、

「脳の発達の違いによって起こる障害」

として説明されてきました。

実際にMRIやfMRIなどの脳画像研究では、ASDやADHDでは脳の構造や機能、神経ネットワークの働きに特徴がみられることが報告されています。

例えば前回の記事でも紹介したように、ADHDではDMN(デフォルトモードネットワーク)やサリエンスネットワークなど、脳内ネットワークの切り替えに特徴があることが分かっています。

またASDでも、社会的認知や感覚処理に関わる脳領域の活動に違いが報告されています。

こうした研究は、発達障害への理解を大きく進めました。

しかし近年では、

「脳の違いだけでは、日常生活で困っている理由を十分には説明できない」

という考え方が広がっています。


同じ特性でも、困る人と困らない人がいる

少し考えてみましょう。

例えば、

AさんはADHDがあり、集中が続きにくい特徴があります。

しかし、

  • 自由度の高い職場
  • 静かな作業環境
  • スケジュール管理をサポートするアプリ

などが整っているため、大きな困りごとはありません。

一方で、

Bさんは同じような特性がありながら、

  • 電話が鳴り続ける職場
  • 急な予定変更
  • 同時に複数の仕事を求められる環境

で働いています。

すると、

集中が途切れやすく、

ミスが増え、

疲労も大きくなってしまいます。

つまり、

同じ特性を持っていても、環境によって困りごとの大きさは大きく変わるのです。

この考え方は現在の発達障害支援で非常に重要視されています。


医学モデルとは何か

これまで医療で中心となってきた考え方が、

医学モデル(Medical Model)

です。

医学モデルでは、

障害や困難は、

本人の身体や脳の機能の違いによって生じる

と考えます。

例えば、

ADHDであれば、

  • 注意の調整
  • 実行機能
  • ワーキングメモリ

ASDであれば、

  • 社会的コミュニケーション
  • 感覚処理
  • 情報処理

などの特性を理解し、

必要に応じて、

  • 薬物療法
  • 作業療法
  • 心理療法
  • 行動療法
  • 教育的支援

を行います。

この考え方によって、

多くの人が適切な診断や支援を受けられるようになりました。

つまり医学モデルは、

現在でも非常に重要な考え方です。


医学モデルだけでは説明できないこと

一方で、

医学モデルだけでは説明しにくい現象もあります。

例えば、

車いすを利用している人を考えてみましょう。

階段しかない建物では、

その人は移動できません。

しかし、

エレベーターやスロープが整備されていれば、

同じ人でも困る場面は大きく減ります。

つまり、

困難は本人だけではなく、

環境との関係によっても生まれる

ということです。

この考え方は、

発達障害にも当てはまります。

例えば、

ASDの人は、

曖昧な表現が苦手なことがあります。

「適当にやっておいて」

と言われると、

何をすれば良いのか分からなくなることがあります。

しかし、

「15時までに、この資料を3ページまで確認してください」

と具体的に伝えれば、

スムーズに取り組めることも少なくありません。

つまり、

困難の一部は、

周囲の伝え方によって改善できる

のです。


社会モデルという考え方

こうした視点から生まれたのが、

社会モデル(Social Model of Disability)

です。

社会モデルでは、

障害とは、

本人だけに存在するものではなく、

社会や環境との間に生じるバリアによって作られる

と考えます。

例えば、

  • 分かりにくい説明
  • 騒がしい教室
  • 柔軟性のない職場
  • 一律のルール

などが、

困難を大きくしている可能性があります。

つまり、

社会モデルでは、

支援の対象は本人だけではありません。

環境も変える必要がある

という考え方になります。


医学モデルと社会モデルは対立するものではない

ここで大切なのは、

医学モデルと社会モデルは、

「どちらが正しいか」

という話ではないことです。

医学モデルは、

本人の特性を理解し、

診断や治療、リハビリテーションにつなげるために欠かせません。

一方、

社会モデルは、

環境を調整し、

本人が能力を発揮しやすい社会をつくるために重要です。

現在では、

この2つを組み合わせて考えることが、

世界的にも推奨されています。

つまり、

発達障害を理解するには、

「本人」と「環境」の両方を見る視点

が必要なのです。


前半のポイント

  • 発達障害は脳の違いだけでは説明できない。
  • 同じ特性でも、環境によって困難の大きさは変わる。
  • 医学モデルは診断・治療・リハビリテーションに重要な考え方である。
  • 社会モデルは環境のバリアに注目する考え方である。
  • 現在では両者を組み合わせて理解することが主流になっている。

後半では、

Neurodiversity(神経多様性)とは何か
神経認知的ミスマッチ(Neurocognitive Mismatch)の考え方
「能力を変える」から「環境を整える」支援への変化
合理的配慮とリハビリテーションの関係
現在の研究で分かっていること・まだ議論が続いていること

を、最新の医学的知見に基づいて詳しく解説します。

Neurodiversity(神経多様性)とは何か

近年、ASDやADHDを考えるうえで世界的に注目されているのが、**Neurodiversity(神経多様性)**という考え方です。

Neurodiversityとは、

「人の脳や神経の働きには、生まれつきさまざまな違いがあり、その多様性は人類にとって自然なものである」

という考え方です。

これは1990年代後半にオーストラリアの社会学者であり自閉当事者でもあるJudy Singerによって提唱された概念です。

ここで大切なのは、Neurodiversityは医学的な診断名ではなく、社会学や障害学に基づく考え方であるという点です。

つまり、

「ASDやADHDは病気ではない」

と言っているのではありません。

また、

「支援や医療は不要」

という意味でもありません。

近年の国際的な議論では、

Neurodiversityは医療を否定するものではなく、多様な神経特性を尊重しながら必要な支援を提供する考え方

として理解されています。


神経認知的ミスマッチという考え方

近年の研究では、

Neurocognitive Mismatch(神経認知的ミスマッチ)

という考え方も注目されています。

これは、

本人の認知特性と、周囲の環境や社会から求められる認知特性との間にズレがあるときに困難が生じる

という考え方です。

例えば、

ASDのある人は、

「曖昧な指示」より、

「具体的な指示」の方が理解しやすい場合があります。

もし職場で、

「いい感じにまとめておいて」

と言われれば困ってしまうかもしれません。

しかし、

「〇〇についてA4一枚でまとめ、15時までに提出してください。」

と言われれば、

十分に能力を発揮できることがあります。

つまり、

困難は本人だけが作り出しているのではなく、

本人と環境の”組み合わせ”によって生まれる

ということです。

これは、第1回で紹介したダブルエンパシー理論とも共通する考え方です。

コミュニケーションの難しさは、一方だけの問題ではなく、お互いの認知スタイルの違いによって生じるという視点です。


「能力を変える支援」から「環境を整える支援」へ

もちろん、

リハビリテーションや教育には、

本人の能力を伸ばす支援が重要です。

例えば、

  • ソーシャルスキルトレーニング
  • 作業療法
  • 実行機能トレーニング
  • 認知行動療法
  • ペアレントトレーニング

などは、多くの研究で一定の有効性が示されています。

しかし現在では、

それだけでは十分ではないと考えられています。

重要なのは、

本人が持っている能力を発揮できる環境を整えること

です。

例えば、

学校では

  • 席の位置を調整する
  • 視覚的なスケジュールを使う
  • 指示を短く具体的に伝える

職場では

  • 静かな作業スペースを用意する
  • チェックリストを活用する
  • 急な予定変更を減らす

家庭では

  • 見通しを伝える
  • 予定を共有する
  • 一度に多くの指示を出さない

こうした環境調整は、

本人の能力不足を補うものではありません。

本来持っている力を発揮しやすくする工夫なのです。

これは近年のリハビリテーションや教育でも重要な考え方となっています。


合理的配慮とは特別扱いではない

「環境を整える」と聞くと、

「特別扱いではないか」

と思う人もいるかもしれません。

しかし、

合理的配慮(Reasonable Accommodation)とは、

公平なスタートラインを整えるための調整です。

例えば、

眼鏡をかける人に、

「眼鏡を外して頑張りなさい」

とは言いません。

近視を補うために眼鏡を使うことは、

特別扱いではなく、

能力を発揮するための環境調整です。

発達障害における合理的配慮も、

これと同じ考え方です。

その人が本来持っている力を十分に発揮できるよう、環境を整えることが目的なのです。


現在の研究で分かっていること・まだ議論が続いていること

Neurodiversityは世界中で広く知られるようになりましたが、医学・心理学・障害学の分野では、現在も活発な議論が続いています。

現在、多くの研究者が共通して支持している点は次のとおりです。

  • ASDやADHDには、生物学的・神経学的な基盤がある。
  • 環境によって困難の程度は大きく変化する。
  • 本人の特性と環境の両方に目を向けることが重要である。
  • 医療的支援と社会的支援は対立するものではなく、相補的である。

一方で、議論が続いている点もあります。

例えば、

  • Neurodiversityを臨床現場でどのように実践へ反映するか。
  • 重度の知的障害や重複障害を伴う人にも同じ枠組みで説明できるのか。
  • 支援の中で「特性を伸ばすこと」と「環境を変えること」の最適なバランスはどこにあるのか。

これらについては、今後も研究が進むことが期待されています。

科学は、一つの考え方だけで結論を出すのではなく、多様な視点を統合しながら発展していくものです。


まとめ

ASDやADHDは、脳の働きに特徴がある神経発達症です。

そのため、医学モデルによる診断や医療、リハビリテーションは非常に重要です。

一方で、

同じ特性を持っていても、

環境が変われば困難が小さくなることも少なくありません。

だからこそ現在では、

「本人を変える」だけではなく、「環境も変える」

という支援が重視されています。

Neurodiversity(神経多様性)は、

発達障害を「能力の欠如」だけで捉えるのではなく、

人それぞれの認知特性の違いを尊重しながら、

必要な支援を受けられる社会を目指す考え方です。

また、神経認知的ミスマッチという視点は、

困難の原因を本人だけに求めるのではなく、

本人と環境の相互作用として理解することの重要性を教えてくれます。

これからの発達障害支援では、

医学的な理解と社会的な理解、その両方を大切にすることが、本人の可能性を最大限に引き出す鍵になると言えるでしょう。


参考文献

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  12. Dwyer P. The Neurodiversity Approach(es): What Are They and What Do They Mean for Researchers? Human Development. 2022.
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