―「眠れない」の背景にある脳と体内時計のしくみ

「なかなか寝つけない」
「夜になっても眠くならない」
「何度も夜中に目を覚ます」
「朝、起きるのがとてもつらい」
「十分寝たはずなのに、日中ずっと眠い」
子どもでも大人でも、睡眠についてこのような悩みを抱えている人は少なくありません。
特にASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)では、睡眠の問題が比較的多くみられることが知られています。
ここで大切なのは、
「眠れないのは、本人の努力が足りないから」ではない
ということです。
睡眠は、
- 脳の発達
- 神経伝達物質
- メラトニン
- 体内時計
- 光
- 運動
- ストレス
- 感覚特性
- 生活リズム
など、多くの要素によって調節されています。
そのため、
「早く寝なさい」
と言うだけでは解決しないことがあります。
近年の研究では、ASDやADHDの睡眠問題について、単なる「寝る習慣」の問題ではなく、概日リズムや覚醒システム、感覚特性などを含めた脳と身体の調節の問題として研究が進んでいます。
ASDでは睡眠の問題がなぜ多いのか?

ASDでは、
- 寝つくまで時間がかかる
- 夜中に目を覚ます
- 朝早く目が覚める
- 睡眠時間が短い
- 睡眠のリズムが不規則
- 日中に眠気が強い
など、さまざまな睡眠上の問題が報告されています。
2025年に発表された系統的レビュー・メタ解析でも、ASDの子ども・青年では睡眠障害が重要な併存問題であることが確認されています。
ただし、
ASDだから必ず眠れない
という意味ではありません。
ASDのある人の中にも、睡眠に大きな問題がない人はいます。
重要なのは、
ASDでは睡眠の問題が起こる可能性が高く、その背景には複数の要因が関係している
ということです。
感覚特性と睡眠
前回の記事では、ASDにおける感覚処理について扱いました。
実は、この感覚特性は睡眠とも関係します。
例えば、
- 時計の音が気になる
- エアコンの音が気になる
- 布団の感触が気になる
- パジャマのタグが気になる
- 部屋の明るさが気になる
- 小さな物音で目が覚める
といったことがあります。
一般的には気にならないような刺激でも、本人にとっては睡眠を妨げる刺激になることがあります。
さらに、
「今日は何か音がするかもしれない」
「明日の予定が気になる」
といった予測や不安が重なることで、寝床に入ってからも脳が十分にリラックスできないことがあります。
つまり睡眠の問題を考えるときにも、
感覚処理と認知・情動の両方を見る必要があります。
ADHDと睡眠

ADHDでも睡眠問題はよくみられます。
代表的なのは、
- 寝つきが悪い
- 就寝時間が遅くなる
- 朝起きるのが苦手
- 睡眠時間が不足する
- 日中に眠くなる
- 生活リズムが後ろにずれやすい
といった問題です。
ADHDと睡眠の関係については、単純に
「ADHDだから眠れない」
という一方向の関係ではありません。
例えば、
ADHDの特性 → 就寝時間が遅くなる → 睡眠不足 → 翌日の注意力が低下する
という流れもあれば、
睡眠不足 → 注意・抑制・感情調整が悪化 → ADHDの症状が強く見える
という流れも考えられます。
つまり、
ADHDと睡眠は、お互いに影響し合う可能性があります。
2025年のレビューでは、ADHDと概日リズムの関係について、体内時計の位相が後ろにずれる傾向や、睡眠・覚醒リズムとの関連が研究されています。ただし、ADHDを「概日リズム障害そのもの」とみなせるほど研究上の合意があるわけではありません。
「夜になっても眠くならない」のはなぜ?
ここで重要になるのが、
概日リズム
です。
概日リズムとは、
簡単に言えば、
約24時間周期で繰り返される体内のリズム
です。
私たちの身体には、
- 睡眠
- 覚醒
- 体温
- ホルモン分泌
- 食欲
- 代謝
など、時間帯によって変化するさまざまな生理的リズムがあります。
その中心的な役割を担っているのが、
体内時計
です。
体内時計は「時計を見ている」わけではない
体内時計というと、
身体の中に小さな時計が入っているように感じるかもしれません。
もちろん本物の時計があるわけではありません。
脳には、
視交叉上核(SCN:suprachiasmatic nucleus)
という神経核があります。
ここが概日リズムを調節する重要な中枢の一つです。
そして体内時計を調整するうえで非常に重要なのが、
光
です。
特に朝の光は、
「今は朝だ」
という情報を体内時計に伝える重要な信号になります。
一方、夜に強い光を浴びると、
体内時計が夜型方向へ影響を受ける可能性があります。
そのため、
睡眠を考えるときには「何時に布団へ入るか」だけではなく、「一日の中でどのような光を浴びているか」も重要
になります。
メラトニンとは何か?

ここで登場するのが、
メラトニン
です。
メラトニンは、
脳の松果体から分泌されるホルモンで、
身体に「夜が来た」という情報を伝える役割
を持っています。
夜になるとメラトニンの分泌が増え、
眠気が生じやすい環境が整います。
反対に、光を浴びるとメラトニンの分泌は抑えられます。
つまり、
光 → 体内時計 → メラトニン → 睡眠・覚醒
というつながりがあります。
もちろん、睡眠はメラトニンだけで決まるわけではありません。
睡眠には、
- 睡眠欲求
- 体内時計
- 覚醒レベル
- ストレス
- 環境
など、多くの要素が関係します。
ASDとメラトニン
ASDとメラトニンについては、これまで数多くの研究が行われてきました。
一部の研究では、ASDの人において、
メラトニンの分泌量や分泌タイミングに特徴がみられる可能性
が報告されています。
ただし、
「ASDの人はメラトニンが少ない」
と単純に説明することはできません。
研究結果にはばらつきがあり、
メラトニンそのものの量だけではなく、分泌されるタイミングや概日リズムとの関係
を見る必要があります。
2025年のレビューでは、ASDの子ども・青年に対するメラトニンについて、複数の臨床試験から睡眠改善効果が支持される一方、投与量や製剤、長期的な安全性などについてはさらに検討が必要とされています。
メラトニンは「眠らせる薬」なのか?

ここも誤解されやすいところです。
メラトニンは、
「飲めば強制的に眠らせる薬」
というものではありません。
メラトニンは、
体内時計や睡眠・覚醒リズムに関係するホルモン
です。
そのため、
「眠れないからメラトニンを飲めばいい」
と単純に考えるのではなく、
なぜ眠れないのか
を考えることが重要です。
例えば、
- 就寝時間が遅い
- 朝起きる時間が不規則
- 夜間に強い光を浴びる
- 日中の活動量が少ない
- 昼寝が長い
- 感覚刺激が強い
- 不安が強い
- 睡眠環境が合っていない
など、原因は人によって異なります。
メラトニンは実際に効果があるのか?
結論から言うと、
ASDに伴う睡眠問題について、メラトニンには一定の効果を示すエビデンスがあります。
2023年の系統的レビュー・メタ解析では、ASDの人に対するメラトニンによって、
- 総睡眠時間
- 入眠までの時間
- 睡眠効率
などが改善する可能性が示されています。
さらに2025年のメタ解析でも、ASDの子どもにおいて睡眠の質や総睡眠時間の改善が報告されています。
ただし、研究によって、
- 対象者
- 年齢
- 使用量
- 製剤
- 投与期間
- 評価方法
が異なります。
そのため、
「何mg飲めば誰でも眠れる」という単純な結論にはなりません。
また、子どもへの使用については、安全性や併用薬などを含めて医療者と相談する必要があります。
睡眠不足は脳にどんな影響を与えるのか?

ここからが、ASD・ADHDと睡眠を考えるうえで非常に重要なところです。
睡眠は、
「疲れを取るための時間」
だけではありません。
睡眠中には、
- 記憶の整理
- 神経活動の調整
- 情動の調整
- 免疫機能
- 代謝
- ホルモン調節
など、さまざまな生理的な働きが行われています。
睡眠が不足すると、
- 注意力が低下する
- 判断力が低下する
- 感情を調整しにくくなる
- イライラしやすくなる
- ミスが増える
- 日中の眠気が強くなる
などの変化が起こります。
ここで重要なのは、
睡眠不足によって起こるこれらの変化が、ADHDの症状と重なって見えることがある
ということです。
「ADHDが悪化した」のか「睡眠不足なのか」
例えば、
普段から注意がそれやすい子どもが、
数日間よく眠れていなかったとします。
すると、
- 授業中に集中できない
- 忘れ物が増える
- イライラする
- 衝動的になる
- 指示を聞きにくくなる
といったことが増える可能性があります。
このとき、
「ADHDが急に悪化した」
と考えるだけでは十分ではありません。
睡眠不足がADHDの特性をさらに目立たせている可能性
があります。
逆に、
睡眠を改善したことで、
「以前より落ち着いた」
「集中できるようになった」
ということも考えられます。
ただし、これは、
睡眠を改善すればADHDがなくなる
という意味ではありません。
睡眠によって、
本来持っている注意・覚醒・感情調整の能力を発揮しやすくなる
と考える方が適切です。
ASDでも同じことが起こる
ASDの場合も、
睡眠不足によって、
- 感情調整が難しくなる
- イライラしやすくなる
- 感覚刺激への耐性が低下する
- 行動上の問題が増える
- 日中の活動に参加しにくくなる
などが起こる可能性があります。
ここでも重要なのは、
睡眠不足によってASDの中核特性そのものが変化したと単純に考えないこと
です。
例えば、
もともと音に敏感な人が睡眠不足になると、
「昨日は我慢できた音が、今日はとてもつらい」
ということが起こるかもしれません。
これは、
感覚特性そのものが突然変わったというより、
疲労や睡眠不足によって、刺激を処理する余裕が少なくなっている
可能性があります。
このように、
睡眠と感覚処理は相互に影響し合う可能性があります。
睡眠と発達特性は「悪循環」になることがある

ここまでを一つの図として考えると、
睡眠不足
↓
注意・感情調整・感覚処理の余裕が減る
↓
日中の困難が増える
↓
ストレスや疲労が増える
↓
夜になっても落ち着きにくい
↓
さらに眠りにくくなる
という循環が考えられます。
もちろん、すべての人にこの循環が起こるわけではありません。
しかし、
睡眠だけを「夜の問題」として切り離さない
ことは非常に重要です。
睡眠は、
日中の活動、
感情、
注意、
感覚処理、
生活リズム
とつながっています。
だからこそ、
「早く寝かせる」
だけではなく、
一日全体の生活を見直す
ことが重要になります。
前半のまとめ

今回の前半では、ASD・ADHDと睡眠の基本的な関係を見てきました。
ポイントを整理すると、
① ASD・ADHDでは睡眠問題が比較的多い
ただし、すべての人に睡眠問題があるわけではありません。
② 睡眠問題は「本人の努力不足」ではない
感覚特性、覚醒、生活リズム、体内時計、ストレスなど、さまざまな要因が関係します。
③ 概日リズムと光は重要
朝の光や夜間の光は、体内時計とメラトニンの分泌に影響します。
④ メラトニンは睡眠に関係する重要なホルモン
ASDに伴う睡眠問題に対して一定の有効性が示されていますが、誰にでも同じ効果があるわけではありません。
⑤ 睡眠不足は日中の症状に影響する
注意、感情調整、覚醒、感覚への耐性などに影響し、ADHD・ASDの困難を強く見せる可能性があります。
⑥ 睡眠と発達特性は相互に影響する可能性がある
そのため、「夜だけ」を見るのではなく、一日の生活全体から睡眠を考えることが重要です。
後半では
後半では、今回のテーマで最も気になる、
「睡眠を改善すると、ASD・ADHDの症状は実際にどう変わるのか?」
について詳しく見ていきます。
さらに、
- 睡眠改善で注意・行動・感情はどこまで変わるのか
- ASDに対するメラトニン研究の現在地
- ADHDと概日リズムの関係
- 睡眠支援では何から考えるべきか
- 睡眠薬・メラトニンをどう考えるか
- 「睡眠を改善すれば発達障害が治る」は本当なのか
- 現在分かっていること・まだ分かっていないこと
- 2023~2026年を中心とした最新の参考論文
について整理します。


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