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ASDは共感性がないのではない|ダブルエンパシー理論から考える最新の自閉症理解

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「空気が読めない」は本当にASDだけの問題なのか

「ASDの人は共感性が低い。」
「相手の気持ちが分からない。」
「空気が読めない。」

このような説明を、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

実際、長年にわたり医学や心理学では、ASDの社会的コミュニケーションの特徴は、「本人側の障害」として説明されることが一般的でした。

しかし近年、この考え方を大きく見直す研究が数多く発表されています。現在注目されているのが、「ダブルエンパシー理論(Double Empathy Problem)」です。この理論では、コミュニケーションの困難はASDの人だけに原因があるのではなく、ASDの人と非ASDの人が異なる情報処理や価値観をもつために生じる相互的な現象として捉えます。

つまり、「理解できない」のは一方だけではなく、お互いが相手を理解しづらいという視点です。


従来の考え方 ― Theory of Mind(心の理論)

この新しい考え方を理解するためには、まず従来の理論を知る必要があります。

1980年代から2000年代にかけて、ASD研究で最も重要視された概念の一つが「Theory of Mind(心の理論)」です。

心の理論とは、

「相手にも自分とは異なる考えや感情、信念があることを理解する能力」

を指します。

例えば、

  • この人は何を考えているのか
  • 今どんな気持ちなのか
  • 次にどんな行動を取るだろうか

こうした推測を行う能力です。

ASDでは、この能力の発達に特徴があるため、相手の意図や表情、暗黙のルールの理解が難しい場合があると考えられてきました。

この考え方は、ASDの特徴を理解するうえで大きな貢献を果たしました。一方で、「ASDの人は共感できない」という単純化された誤解を生む一因にもなりました。近年では、この解釈だけではASDの社会的コミュニケーションを十分に説明できないことが指摘されています。


「共感」には2種類ある

ここで重要なのは、「共感」という言葉には複数の側面があることです。

心理学では、共感は大きく2つに分けられます。

① 認知的共感(Cognitive Empathy)

相手が何を考え、何を感じているのかを推測する能力です。

② 情動的共感(Affective Empathy)

相手の感情を自分も感じ、一緒に喜んだり悲しんだりする能力です。

ASDでは認知的共感に特徴がみられることがありますが、情動的共感まで一律に低いとは言えません。むしろ、他者の苦しみや悲しみに強く反応し、感情を深く受け止める人も少なくありません。近年では、ASDの人の共感性は一様ではなく、個人差が大きいことが強調されています。

そのため、「ASDだから共感できない」という表現は、現在の医学的知見から見ると正確ではありません。


ダブルエンパシー理論とは

2012年、英国の自閉当事者であり研究者でもあるDamian Miltonによって提唱されたのが、「ダブルエンパシー理論」です。

この理論では、ASDの人と非ASDの人では、物事の見方や情報の処理方法、コミュニケーションの前提が異なるため、お互いを理解しにくくなると考えます。

例えば、日本語しか話せない人と英語しか話せない人が会話をすると、意思疎通は難しくなります。しかし、その原因はどちらか一方の能力不足ではなく、「使っている言語が違うこと」にあります。

ダブルエンパシー理論では、ASDと非ASDのコミュニケーションもこれに近い現象として理解します。重要なのは、「どちらかが間違っている」のではなく、「互いの認知やコミュニケーションのスタイルが異なる」という視点です。近年のレビューや実験研究でも、異なる神経タイプ同士では相互理解が難しくなる一方、同じ神経タイプ同士では円滑な情報共有やラポール形成がみられることが報告されています。

ダブルエンパシー理論を支持する研究

ダブルエンパシー理論は、単なる考え方ではありません。近年は、この理論を支持する実験研究も増えてきています。

代表的な研究では、ASDの人同士、非ASDの人同士、そしてASDと非ASDの人を組み合わせて会話を行い、そのコミュニケーションを比較しました。

その結果、

  • ASD同士では情報伝達が比較的スムーズに行われる
  • 非ASD同士でも円滑なコミュニケーションが成立する
  • 一方で、ASDと非ASDの組み合わせでは、お互いに相手の意図を読み取りにくく、誤解が生じやすい

という傾向が報告されています。これは、「ASDだからコミュニケーションが苦手」という単純な説明ではなく、「異なる認知スタイル同士が出会うことで相互理解が難しくなる」というダブルエンパシー理論を支持する結果と考えられています。

また、近年の研究では、非ASDの人もASDの人の感情や意図を正確に読み取れないことが示されており、「理解の難しさは双方向である」という考え方が支持されつつあります。


Theory of Mindは間違っていたのか?

ここで誤解してはいけないことがあります。

ダブルエンパシー理論が提唱されたからといって、Theory of Mind(心の理論)が否定されたわけではありません。

現在の研究では、

  • ASDの一部の人ではTheory of Mindに特徴がみられること
  • しかし、それだけでは日常生活で起こるすべてのコミュニケーションを説明できないこと

の両方が認められています。

つまり、

従来のTheory of Mindは「個人の認知特性」を説明する理論であり、ダブルエンパシー理論は「人と人との相互作用」を説明する理論と考えると理解しやすいでしょう。

両者は対立するものではなく、異なる視点からASDのコミュニケーションを理解しようとする理論なのです。


支援の考え方はどう変わるのか

ダブルエンパシー理論が広まることで、支援の考え方にも変化が生まれています。

以前は、

「ASDの人が社会に合わせる」

ことが支援の中心でした。

例えば、

  • アイコンタクトを増やす
  • 雑談を練習する
  • 空気を読む練習をする

といった支援が重視されることも少なくありませんでした。

もちろん、こうしたスキルが役立つ場面はあります。しかし、ダブルエンパシー理論では、それだけでは十分ではないと考えます。

大切なのは、

周囲の人もASDの認知特性を理解し、お互いに歩み寄ることです。

例えば、

  • 曖昧な表現ではなく具体的に伝える
  • 「言わなくても分かる」を前提にしない
  • なぜそのような行動を取ったのかを一緒に考える
  • 本人のコミュニケーションスタイルを尊重する

といった工夫が、相互理解につながります。これは医療、教育、福祉、職場など、あらゆる場面で重要な視点です。


まだ議論が続いていること

ダブルエンパシー理論は注目されている一方で、すべてが確立した学説というわけではありません。

例えば、

  • ASDのすべてのコミュニケーションの特徴を説明できるのか
  • 知的発達や言語発達の違いが大きい場合にも同じように当てはまるのか
  • どのような支援が最も効果的なのか

などについては、現在も研究が続けられています。

また近年は、「ダブルエンパシー理論は重要な視点である一方、適用範囲や研究方法については今後さらに検証が必要である」とするレビューも発表されています。これは科学として健全な姿勢であり、新しい理論を過度に一般化せず、エビデンスを積み重ねていくことの重要性を示しています。


まとめ

ASDは、長い間「共感性が乏しい障害」と説明されることが少なくありませんでした。

しかし現在では、その見方は大きく変わりつつあります。

ダブルエンパシー理論は、

「コミュニケーションの困難はASDの人だけの問題ではなく、異なる認知スタイルをもつ人同士が出会うことで生じる相互的な現象である」

という新しい視点を示しました。

もちろん、ASDの認知特性が存在しないという意味ではありません。Theory of Mindをはじめとする従来の研究も、ASDの理解には重要な役割を果たしています。

一方で、コミュニケーションは一人だけで成立するものではありません。

相手を理解しようとする姿勢、そして自分も理解してもらえる環境づくりがあってこそ、本当の意味での「共感」が生まれます。

ASDを「できないこと」で捉えるのではなく、「認知やコミュニケーションの違い」として理解することは、本人だけでなく家族、教育、医療、職場など社会全体にとって有益な視点と言えるでしょう。


参考文献

  1. Milton D. On the ontological status of autism: the ‘double empathy problem’. Disability & Society. 2012.
  2. Crompton CJ, et al. Neurotype Matching, Quality of Interaction, and Self-Disclosure in Autistic and Nonautistic People. Autism. 2020.
  3. Morrison KE, et al. Outcomes of real-world social interaction for autistic adults paired with autistic compared to typically developing partners. Autism. 2020.
  4. Abubakare O. Reorienting social communication research via double empathy. Nature Reviews Psychology. 2024.
  5. Cheang RTS, et al. Do you feel me? Autism, empathic accuracy and the double empathy problem. Autism. 2024.
  6. Fellowes S. Cognitive Empathy, Affective Empathy and Empirical Research on the Double Empathy Problem: A Critical Methodology Review. Journal of Autism and Developmental Disorders. 2026.
  7. Livingston LA, Hargitai LD, Shah P. The Double Empathy Problem: A Derivation Chain Analysis and Cautionary Note. Psychological Review. 2024.
  8. To the Roots of Theory of Mind Deficits in Autism Spectrum Disorder: A Narrative Review. Review Journal of Autism and Developmental Disorders. 2024.
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