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ASDの脳科学|「空気が読めない」のではなく情報処理が違う ― 社会認知・共感・感覚処理から考える自閉スペクトラム症

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「空気が読めない」
「相手の気持ちがわからない」
「共感性がない」

ASD(自閉スペクトラム症)の人に対して、このようなイメージを持つ人は少なくありません。

しかし近年の脳科学や神経心理学の研究では、この理解は必ずしも正確ではないことがわかってきました。

ASDは単純にコミュニケーション能力が低いのではなく、「情報処理の仕方」が定型発達者とは異なる神経発達特性として理解されるようになっています。

近年では「ダブル・エンパシー問題」という新しい概念も提唱され、誤解はASDの人だけでなく、定型発達者との間で双方向に生じることが示されています。

この記事では、ASDの社会認知、Theory of Mind、感覚処理、認知負荷、共感性について、最新の科学的知見をもとに解説します。


ASDは「空気が読めない障害」なのか

結論から言えば、ASDは「空気が読めない障害」ではありません。

より正確には、

「空気を読むために用いている情報処理の方法が異なる」

と考えられています。

定型発達者は、

  • 表情
  • 声のトーン
  • 視線
  • 文脈

など複数の情報を瞬時に統合して相手の意図を推測しています。

一方、ASDではこの統合過程に特徴があるため、同じ場面でも異なる解釈に至ることがあります。

つまり、「理解する能力がない」のではなく、「理解に用いる認知プロセスが異なる」のです。


社会認知(Social Cognition)とは何か

社会認知とは、

「他者の感情や意図、考えを理解し、社会的な状況を解釈する能力」

を指します。

社会認知には、

  • 表情認知
  • 感情理解
  • 視線理解
  • 意図理解
  • 共感

などが含まれます。

ASD研究では長年、この社会認知の特徴が中心的テーマとなってきました。

fMRI研究では、

  • 内側前頭前野
  • 側頭頭頂接合部
  • 上側頭溝
  • 扁桃体

など社会認知ネットワークの活動パターンの違いが報告されています。


Theory of Mind(心の理論)

ASD研究で最も有名な概念の一つがTheory of Mindです。

これは、

「他者は自分とは異なる考えや感情を持っている」

ことを理解する能力です。

定型発達児では4〜5歳頃に発達します。

ASDではTheory of Mind課題で困難を示すことが多く、

  • 相手が何を考えているか
  • なぜその行動をしたか

を推測する際に負荷が高くなります。

ただし近年では、

Theory of MindだけでASDを説明することは難しい

と考えられるようになっています。

ASDの人でも十分な社会理解を示す研究結果も報告されているためです。


ダブル・エンパシー問題

近年のASD研究で非常に重要なのが、

「ダブル・エンパシー問題」

です。

これは2012年にMiltonによって提唱されました。

従来の考え方では、

ASDの人が他者を理解できない

と考えられていました。

しかし近年の研究では、

定型発達者もまたASDの人を理解できていない

ことがわかっています。

つまり、

誤解は一方向ではなく双方向で起きている

のです。

例えば、

ASDの人同士ではコミュニケーションがスムーズである一方、

定型発達者との会話では誤解が増える

ことが報告されています。


感覚処理の違いが社会性に影響する

ASDでは感覚処理の特徴も重要です。

DSM-5以降、

感覚特性は診断基準の一部となりました。

例えば、

  • 音が大きく聞こえる
  • 光がまぶしい
  • 衣服の感触が気になる
  • 人混みで疲れる

などです。

感覚入力が過剰な環境では、

脳はまず刺激への対処に認知資源を使います。

その結果、

会話や表情の読み取りに使える資源が減少する可能性があります。


認知負荷(Cognitive Load)の視点

ASDを理解する上で重要なのが認知負荷です。

定型発達者が無意識に行う

  • 表情理解
  • 場の空気を読む
  • 雑談
  • 視線合わせ

といった行動も、

ASDの人では意識的処理になっている場合があります。

つまり、

「できない」

のではなく

「非常に多くのエネルギーを使っている」

可能性があります。

この認知負荷の蓄積が、

疲労やストレスの背景になることがあります。


「共感がない」のではなく「共感の仕方が異なる」

ASDに関する最も大きな誤解の一つが、

「共感性がない」

という考えです。

しかし近年の研究では、

感情的共感(Affective Empathy)

は保たれている場合が多いことが示されています。

むしろ、

相手の苦痛に強く反応しすぎる人も少なくありません。

一方で、

認知的共感(Cognitive Empathy)

つまり、

「相手が何を考えているか」

を推測する部分に特徴がみられることがあります。

その結果、

共感がないのではなく、

共感の経路が異なる

と理解する方が適切なのです。


ASDを理解するために必要な視点

ASDを理解するためには、

「何ができないか」

を見るのではなく、

「どのように情報を処理しているか」

を見る必要があります。

近年の神経発達研究は、

ASDを欠陥モデルではなく、

神経多様性(Neurodiversity)

として捉える方向へ進んでいます。

違いを欠点として見るのではなく、

異なる認知スタイルとして理解することが重要なのです。


まとめ

ASDは「空気が読めない障害」ではありません。

社会認知、Theory of Mind、感覚処理、認知負荷など複数の要因によって、情報処理の仕方が定型発達者と異なっている神経発達特性です。

また近年のダブル・エンパシー問題の研究は、コミュニケーションの困難がASD側だけの問題ではなく、相互理解の問題であることを示しています。

ASDを理解するためには、「できないこと」を探すのではなく、「どのように世界を認識しているのか」を理解する視点が求められているのです。

参考文献

Baron-Cohen S, Leslie AM, Frith U. Does the autistic child have a theory of mind? Cognition. 1985.

Frith U. Autism: Explaining the Enigma. Blackwell Publishing. 2003.

Milton DEM. On the Ontological Status of Autism: The Double Empathy Problem. Disability & Society. 2012.

Crompton CJ, Sharp M, Axbey H, et al. Neurotype Matching, Communication and Interpersonal Rapport. Autism. 2020.

Lord C, Brugha TS, Charman T, et al. Autism Spectrum Disorder. Nature Reviews Disease Primers. 2020.

Lai MC, Lombardo MV, Baron-Cohen S. Autism. Lancet. 2014.

Robertson CE, Baron-Cohen S. Sensory Perception in Autism. Nature Reviews Neuroscience. 2017.

Bird G, Cook R. Mixed Emotions: The Contribution of Alexithymia to the Emotional Symptoms of Autism. Translational Psychiatry. 2013.

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