「認知症の人には優しく接することができるのに、発達障害のある人にはつい厳しくなってしまう。」
このような経験はないでしょうか。
職場の同僚、家族、パートナー、友人など、発達障害のある人との関わりの中で、「どうして同じことを繰り返すのだろう」「なぜ空気を読まないのだろう」と感じることがあります。
しかし、その背景には単なる性格の問題ではなく、人間がもともと持っている心理的な仕組みや認知バイアスが関係していることがわかっています。
近年では、発達障害の理解において「ダブル・エンパシー問題」という新しい考え方も注目されるようになりました。
この記事では、なぜ発達障害のある人は誤解されやすいのか、なぜ私たちは厳しい評価をしてしまうのかについて、心理学・神経心理学・医学の研究をもとに詳しく解説します。
1. 「障害が見えるか、見えないか」の違い
認知症や脳卒中は、
- MRIで病変が見える
- 麻痺が見える
- 記憶障害が明確
など障害が可視化されています。
一方で発達障害は、
- 見た目ではわからない
- 会話もできる
- 学歴も高いことがある
ため障害として認識されにくい特徴があります。
これは障害学でいう
「Invisible Disability(見えない障害)」
の問題です。
見えない障害ほど周囲は能力不足ではなく人格の問題として解釈しやすくなります。
2. 帰属理論(Attribution Theory)
社会心理学では
「なぜその行動が起きたのか」
を人がどのように解釈するかを研究しています。
高次脳機能障害の場合
- 病気だから忘れる
と解釈されます。
発達障害の場合
- 気をつければできるはず
と解釈されやすい。
これを帰属理論では
「内的帰属」
と呼びます。
つまり
能力ではなく
人格や努力の問題
として認識されるのです。
3. 根本的帰属錯誤
社会心理学には
「Fundamental Attribution Error」
という有名な概念があります。
人は他者の失敗を見ると、
環境ではなく性格の問題として判断しやすい。
例えば、
ASDの同僚が会議で発言しない。
本来なら
- 情報処理に時間が必要
- 社会認知の特性
と考えるべきですが、
周囲は
- やる気がない
- 協調性がない
と評価してしまう。
これは人間の脳に備わった認知バイアスです。
4. 「わざとやっているように見える問題」
ここが最も重要です。
認知症患者が同じ質問を繰り返しても、
多くの人は怒りません。
しかしASDの同僚が同じミスを繰り返すと、
強い怒りを感じます。
なぜでしょうか。
認知症では
「できない」
ことが明確です。
しかし発達障害では
ある日はできる
ある日はできない
という現象が起きます。
特にADHDでは
- 実行機能
- 注意制御
- ワーキングメモリ
の状態が変動します。
周囲から見ると
「できる能力があるのにやらない」
ように見えてしまいます。
この認知的不一致が怒りを生みます。
5. 同僚だからこそ厳しくなる
患者や利用者に対しては、
私たちは支援者の立場です。
しかし同僚には、
無意識に
- 同じ能力
- 同じ責任
- 同じ価値観
を期待します。
社会心理学ではこれを
「期待違反理論
(Expectancy Violation Theory)」
で説明できます。
期待が大きい相手ほど、
期待が裏切られたときのストレスも大きくなるのです。
6. ASD特性が引き起こす対人認知のズレ
近年の研究では、
ASDの人だけが社会認知に困難を持つのではなく、
定型発達者との相互作用そのものにズレが生じることが示されています。
これは近年
「Double Empathy Problem」
として知られています。
従来は
ASDの人が他者を理解できない
と考えられていました。
しかし現在では、
定型発達者もまたASDの人を正確に理解できない
ことがわかっています。
つまり、
誤解は双方向に生じているのです。
7. 医療・福祉職ほど起こりやすい理由
興味深いことに、
専門職ほど厳しくなる場合があります。
理由は、
「知識があること」と
「理解できること」は別だからです。
高次脳機能障害や認知症は教育課程で学びます。
しかし成人発達障害の神経心理学や認知特性について学ぶ機会は比較的少ない。
その結果、
知識の空白部分を
性格評価
で埋めてしまうことがあります。
8. 本当に必要なのは「能力評価」ではなく「認知特性理解」
発達障害支援で重要なのは、
「なぜできないのか」
を脳機能から理解することです。
例えば、
- 実行機能
- ワーキングメモリ
- 注意制御
- 感覚処理
- 社会認知
などを理解すると、
人格の問題に見えていた行動が、
脳の情報処理特性として説明できるようになります。
おわりに
発達障害のある同僚に厳しくなってしまう現象は、単なる偏見や人間性の問題ではありません。
人間の認知バイアス、
帰属理論、
期待違反、
そして「見えない障害」の特性が複雑に関与しています。
重要なのは、
「なぜできないのか」
を性格や努力不足で説明するのではなく、
認知特性や神経心理学的背景から理解することです。
それは高次脳機能障害や認知症の人に対して私たちが行っている理解と、本質的には同じ姿勢なのかもしれません。
参考文献
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- Weiner B. An Attributional Theory of Motivation and Emotion. Springer, 1986.
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- Botha M, Frost DM. Extending the Minority Stress Model to Understand Mental Health Problems Experienced by the Autistic Population. Society and Mental Health. 2020.
- American Psychiatric Association. DSM-5-TR. 2022.
- World Health Organization. ICD-11. 2022.
- Barkley RA. Executive Functions: What They Are, How They Work, and Why They Evolved. Guilford Press, 2012.
- Brown TE. A New Understanding of ADHD in Children and Adults. Routledge, 2013.


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